猫は下着なんて穿きません!

沙漠みらい

第01話:猫は含羞なんて覚えません!

 夏梅なつうめがベッドの上で目を覚ますと、隣で美少女が眠っていた――裸で。


 一人用のベッドに二人。至近距離にある寝顔は見覚えのない人。


 初めてみる美少女、見慣れぬ異性の裸。夏梅の視線は、その肉体をなぞるように動いた。思春期の男子として当然であろう。


 艶やかな黒髪のショート。側頭部から触角のように伸びた長い髪が少女の豊満な胸を隠している。下半身にはタオルケットがかけられており、露わになっている肌や身長からみれば、夏梅と同じ高校生くらい。


 唯一確認できたのは、お尻あたりで揺らめく……尻尾?


 少女の後ろで、黒く長い棒状のものが、くねくねと動いている。まさかと少女の頭上をみれば、三角形の耳が二つ。そして金色に輝く猫目が夏梅を見据えていた。


「あ……えっと……」


 夏梅が言い淀んでいると、裸の美少女はにこりと微笑み、


「おはよ、ご主人様」


 夏梅の、異様な日曜日が始まった。



◆■◆



「で、ルナちゃんだっけ? 僕が昨日、道端で拾った黒猫が君だと」

「そうよ」


 センターテーブルには開封された菓子パンの袋が散在している。が、夏梅は一つも口にしていない。


 夏梅の向かい側でぺたんと座っている猫耳を生やした美少女――ルナが、コップを掴んで中身の牛乳を一気に飲み干した。


 ワイシャツだけを着たルナは、胸元がきつかったのかボタンを上から二つ外している。夏梅は思わず凝視したくなるのを我慢し、視線を天井へとスライドさせながら昨日のことを思い出していった。



 日課の散歩に出ていた夏梅は、その帰り道で倒れている黒猫を発見した。黒猫は息をしているものの弱っているようで、猫好きの夏梅としては放っておけないものだった。当然、猫を抱き上げて一人暮らししているマンションへと連れていき、介抱したのである。



「まるで鶴の恩返しのようだけど……」


 満腹笑みの少女がそんなことをするようにも思えず。


「それじゃあ、なんで猫が人に化けているのさ」

「闘いの間は、この状態が原則なのよ」

「闘い?」

「ルナみたいに人の姿になれる猫は、それぞれの願いをかけて闘っているの」

「へ、へえ……」


 なんて胡散臭い話だろうと、夏梅は頬を引きつらせた。


「ちなみに、ルナちゃんは何を願っているの?」

「人間になること!」


 待ってましたとでも言わんばかりに、ルナは思い切り立ち上がって元気よく答えた。その表情は希望に満ち溢れた純真無垢な子供のようである。


「人間は猫のルナに優しくしてくれたわ。夏梅だってそうじゃない。だから、私も誰かに優しくするの。そのために人間になるのよ」


 鶴の恩返し、もとい猫の恩返し。夏梅の考えはあながち間違いでなかった。


「で、でも、どうやって闘うのさ……キャットファイト?」


 夏梅の頭に浮かんだのは、女の子同士がポカポカと叩きあっている微笑ましい様子。


「えーとね、こことは違う世界よ?」

「違う世界って?」

「うーんと、みんな止まってる世界?」

「自分で言って疑問形なんだ」

「うーん……」


 夏梅が首を傾げる。ルナも言葉を模索するように頭を抱えた。


 数秒後、


「実際にみせたほうが早いわね!」


 みせられるものなら、と夏梅も頷く。


 そして、ルナがあるものを指差した。夏梅の手元にあるコップだ。口にしていなかった牛乳が注がれたままである。


「それじゃあね、そこのミルクをルナに掛けてよ。バシャーって」

「え、いや、そんなことしたらびしょびしょに……」

「どうせ止まるから平気よ」

「……汚れても知らないからね?」


 ルナに言われるがまま、夏梅はコップの中身を放つ。





 ――瞬間、世界が青色となって静止した。

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