Bravely Heart

あんじ

第1カット「始まりの日」

最も古い記憶、それは父と公園で遊んだ記憶。砂場で一緒にお城を作っていた。自分が足を滑らせてお城を壊して、ひどく泣いていたのを覚えている。その泣きじゃくる自分を慰めてくれた父の言葉。


「気にするな、大輝。わざとじゃないにせよ、壊したのは確かに悪い事だ。でもな、その人の心の痛みを分かるお前は優しい。その優しさは良いことだ。忘れるなよ」


もう10年以上も前の事だたが、今でも忘れずに心の奥深くに眠る大事な言葉。"人に優しくするのを忘れるな"

夢と自覚できる夢。普段は夢を見ても覚えてないが、寝ているはずなのに五感で感じ取れる不思議な状態だ。

そして今、夢が終わると同時に意識が薄れていく。これが起きるという感覚なんだろう。真っ暗な夢の世界が真っ白に塗りつぶされていく。



∀ ∀ ∀

鳥の鳴き声と目覚ましの音に起こされてベッドから身を起こす。何かの夢を見ていたはずなのだが、はっきりと覚えていない。微かに空間が黒から白に変わるシーンだけが頭に残っている。

自分の部屋から出て、顔を洗って歯を磨く。これまでもルーティーンのように繰り返していた当たり前の日常を始める。

リビングに行けば、母さんが朝ごはんを用意してくれていた。ご飯に味噌汁とソーセージとサラダというシンプルなものだ。

それを用意してくれた母さんは既に仕事に出ている。

父親は小さい頃に亡くなっているため、母子家庭だ。女手1つで育てられた。


「お粗末さまでした」


食べ終わると、再び部屋に行って着替えをする。着るのは新しい制服だ。赤色のブレザーを着て、赤のネクタイをしっかりと結ぶ。

忘れないように昨夜に用意したカバンを持って、1階の居間にある仏壇に手を合わせる。


「行ってきます、父さん」


玄関に向かうと、見計らったようにピンポーンとチャイムが鳴る。

お気に入りの赤色のランニングシューズを履いて、ドアを開ける。


「おはよう、だいくん」

「おはよう、輝夜かぐや


玄関の外で待っていたのは幼馴染みの大空おおぞら 輝夜かぐや。母が仕事で遅い時が多いので、向かいの家から来て俺の身の回りの世話をしてくれる。

今日から新しい学校生活が始まる。1ヶ月前に中学を卒業して、これからは高校生。公立大鳳おおとり学園の1年生として、生活を始めるのだ。


「赤のブレザー似合ってるよ、大ちゃん」

「そうだろ。まるで、特撮ヒーローの真ん中に立ったみたいだぜ!」


都市の住宅街を歩く2人。仲良くそこそこの距離で歩く2人だが、傍から見れば友人の距離を越えて恋人の距離になる。

通学は最寄りの駅まで歩き、そこからは大鳳学園前まで電車に乗り、2駅乗ると目の前には学園が建っている。


「にしても、この力が目覚めてから今日で10年になるのか」

「早いね。あの時は私と背丈変わんなかったのに今じゃ全然違うもんね」

「ま、男子三日会わざれば刮目すべしって言うからな。10年もあればそりゃ変わるさ」


10年前の2127年、世界は1度全滅の危機に襲われた。アメリカで極秘裏に開発されていた化学兵器『Apocalypse Evoke Virus』。通称A・Eウイルスが蔓延した。

これは飛沫・粘膜・間接接触・直接接触とありとあらゆる方法で感染して、人を殺すウイルスとして激化するテロリストに対抗するように作られていた。

これが、何者かに持ち出されアメリカに蔓延した。ウイルスは瞬く間に全世界に広がり、全世界の人が1度は死を覚悟した。しかし、そんな事は起こらなかっ。死んだのは対抗薬を摂取した国の上層部やツテのある富裕層のみだった。

原因はマウスで起こらなかった突然変異によるものだった。対抗薬として摂取したはずのワクチンは侵食率を格段に下げ死滅させるものだったが、阻害され毒が猛毒となり内部から壊死を始め気付いた時には死んでいた。

特にその被害が大きかったのは日本。政府の首脳陣はもちろん、各都道府県知事や、大企業の役人達がごっそり死んだのだ。

そして起こった突然変異は、当時30歳以下の人は特殊能力と呼ばれる物が発症した。契約者コントラクターと呼ばれる異能発現者。A・Eウイルスに感染した99.99%が特殊能力を発症した。

そして、残りの0.01%の人々はどうなったのか?彼らは生まれつき持っていた抗体があり、抵抗者カウンターと呼ばれるようになった。彼らには、能力の代わりとして強制解除キャンセリングや病気や怪我に対する驚異的な回復力が備わっていた。


「来月で、分割条約締結から6年になるのかぁ。パパ元気かな」

「非常時に飛ばされて6年にもなるのか。そろそろ任期で帰ってくるんじゃないか?」

「だと良いんだけどね」


先ほどのお偉いさん方が死んだお話の続きになる。国の指揮を取るべき人物がごっそり死んだ日本はもちろん荒れた。そして、生き残った残りの権力者はすぐに立ち直った先進国などと、とある条約を結んだ。それが国土分割条約。

北海道をロシア、東北をカナダ、関東を日本、北信越をイギリス、東海をアメリカ、近畿を国連、中国をフランス、四国をスペイン、九州を中国の九つに分割して、分割統治する事を決定した。

これは政府や、都道府県の持っていた負債などを精算する事を条件に締結した条約だ。


「まぁ、お陰で日本は日本を捨てずにいられたんだ。それに悪いことばかりじゃないしな」

「そうなんだけど……未だに不思議な感覚じゃない?」

「不思議か。……まぁ、日本よ国土に外国の領土があるのは変な感覚だよな」


たまたま掲示板に映った映像を話題にしていると学園前駅に着いた。時計の針は9時を示していて、30分後から第1体育館での入学式がある。この学園は少し特殊で、入学式にクラス分けが発表される。それも、ペーパーテストと実技試験の成績を加味された実力順に8段階にだ。

会場に着くと、後ろの方の席は既に埋まっていて前も幾らか空いているといった状況だった。

2人分空いてる席は最前列しかなく、その隣には先客がいま。空席の確認用にブレザーの下にパーカーを着ている人に話をかける。


「ここ、空いてるか?」

「ん?あぁ、空いてるぜ」


そう言うと置いてあった荷物をどけてくれたので、有り難く大輝も輝夜も座られてもらう。

そうすると、譲ってくれた隣の男子が話しかけてくきた。


「入学式から女子を侍らせながら登場とはやるな、 お前さん」

「女子?あぁ、コイツは俺の幼馴染なんだよ。別に侍らせてるわけじゃ──」

「隣にいるだけで充分だろうに。それで、君の幼馴染さん。えーっと名前は」

「コイツの名前は大空輝夜。よろしく頼むよ。ちなみに俺は広瀬大輝だ」

「だ、大ちゃん共々よろしくお願いします!」

「あははは、よろしく輝夜さん。それと大輝もな。俺は結城ゆうき寿里じゅり。気軽に寿里って呼んでくれよ」


何故か呼び捨てで馴れ馴れしい大輝と輝夜だと反応が変わっていて、大輝の時だけ明らかにぶっきらぼうになっていた。しかしその理由は単純明快なものだった。


「約束された彼女とか羨まけしからんな……」

「か、かかか彼女!?」

「彼女?誰の?」

「……大くん本気?」

「冗談だ。可愛いよ、輝夜」

「ひぇっ!?」

「それも嘘だバカめ」


このやりとりを見て、何かに絶望したのか寿里はガクッと項垂れていた。こういう行為は周りで聞き耳をたてていた男子生徒にも影響を与えていたらしく、幾らかの人達は結城同様に項垂れていた。

そして開始予定の9時30分丁度に体育館中の照明は落ち、ステージにだけ明かりが灯される。


「おっと、そろそろ始まるぞ」

「だってよ、大くん」


両者の両脇にいる大輝は、照明が落ちた十数秒の間に寝る準備をして、リラックスをしていた。

それを見て、片やその度胸に感心すると同時に呆れた目を向けており、もう片方は諦めの溜息をしていた。昔を知る輝夜からすると、この手の式で寝ようとするのは当たり前で、いつも起こすはめになっているからかこの光景にも慣れてきてしまっていた。

体育館中がざわつく中に出てきたのは、生徒会長。映える地毛の金髪に、ビシッと着こなされた黒の制服。

この学園の頂点に君臨する存在で、入学式でも挨拶があるのは生徒会長のみ。トップのはずの学園長に出番が存在しない。


「まずは一言。おめでとう、諸君。君達は、今日この瞬間から大鳳学園の生徒だ」


大輝は、壇に立つ者の挨拶は長くなると予想して寝る用意をしていたが、その思惑通りにならなかった。


「生徒として、1つだけ約束を守ってくれ。頂点うえを目指し、この学園に入ってきたのなら獰猛な獣となってくれ。仲間ですら蹴落とす、獣になってくれ。あぁ、あと1つ。ギスギスした悪い空気だけは作らないでくれ。和気あいあいとまではいかなくても、お互いに切磋琢磨する良好な関係を。以上」


短くまとめると生徒会長はマイクを切って降壇していった。司会を担当している副会長は、時間通りと言わんばかりに次の項目に移っていった。

次の項目、それ即ちクラス分け。唾を飲む音がいたる所から聞こえてくる。隣の輝夜や寿里、そして他の生徒達も皆、それだけ緊張しているという事だ。何せ昇格出来るのは1年で1回のみの、実力主義で抑える学校なのだから。


「では、クラス分けを発表致します。A組から」


上から順番に発表されていく中、B組の始まりの時に大輝はようやく目を開ける。すると、急に姿勢を正して真剣な顔持ちになる。

付近の者は誰も呼ばれることなくB組を過ぎて行き、C組でようやく輝夜の名前が出てきた。それに続いてC組には大輝、そして寿里の名前も出てきた。


「なんだ、3人とも同じクラスか」

「寿里も同じクラスとはとんだ奇縁だな」

「やった、大くんと同じクラスだー!」


こうして入学式の2項目が終わり、各自先程告げられたクラスへと向かう。

始業式は入学式前に在校生のみでしており、新1年生は参加はしない。なので、あとはHRと校舎の案内だけだ。

指定されたC組の教室へと向かうと既に担任のような何かが待っていた。


「よし、来たな。HR始めるから早く入れ!」


担任は元気一杯、見た目ゴリラ、中身もゴリラ臭のする人だった。スーツは尋常ではないほどピチピチしているし、肌色も浅黒く、毛深いとまさに典型的なゴリラだ。

クラス全員が席に座ると、、ゴリラ(と呼ぶことにした)が勢い良く、自己紹介を始めた。


「君達の担任をする事になった大久保 猩々しょうじょうという者だ。みんな、よろしく頼む!」


自分の自己紹介が終わると、名簿順に指定された席のままで自己紹介をするようにと担任のゴリラから命じられた。

時代錯誤のギャルまっしぐらの奴や、眼鏡をしたガリ勉少年など 、とても平均的なクラスとは思えないほどに個性が爆発していた。


「次は、そこの赤い君!」

「広瀬 大輝と申します。趣味は人助け、特技も人助け。特撮ヒーローのレッドのような人物目指して頑張ってます!よろしくお願いします!」


クラスご静まり返った。色んな奇異な目でこちらを見てくるが、感じる中では幾つか眼差しが。1人は輝夜で、これは昔から知っているから今更驚きやしない。2人目はその隣にいる結城だ。餌を見つけたハイエナのような目をしている。

この自己紹介に対してゴリラは、最初静かに目を瞑っていたが急に見開き拍手をし始めた。


「素晴らしい!そんだけ目指すものが見えてるなら頑張るだけだな!」

「ありがとうございます!」

「ほら、残りの奴らもこんな感じにやってみろ!次のやつ!」


こうして自己紹介が過ぎていった。ちなみに近くにいた寿里は当たり障りのない実に普通の自己紹介をしていた。


∀∀∀

現在、校舎の案内をしている。担任ゴリラを先頭に、好きなように駄弁りながら歩いていた。俺は結城と、輝夜は席の近くにいた女子グループに加わっている。

ゴリラが1箇所ずつ丁寧に説明していく。実験室や、調理室などの部活動でよく使う専門科目の教室の説明をして行き、最後の場所に着いた。

ここの生徒の最大の目的でもあり、全生徒が集まり目指す場所。そして、学園の頂点シンボルを決める場所。


「さぁ着いたぞ!ここが──」


全員の注目が1箇所に集まる。古代ローマのコロッセオを扮した近代的なドーム型の建物。

この学園の象徴とも言える、巨大な建造物。これを、皆こう呼んでる


「──バベルだ!」


ウイルスで発症した特殊能力を使い、自らの強さを示すための舞台。年に1度開催される祭りで使用される場所だ。

ここに出るためには予選を勝ち抜かなければならない。ただし、予選はここではなく別の実習室で行われる。

他にも、月1で教師からの指名及び申請制で許可された者のみが出る事ができる学園内ランキングを決める戦いもここで行なわれる。


「ここが、俺が夢にまで見た舞台」

「いいねぇ、その目。楽しそうだぜお前」

「あぁ、楽しいに決まってる。ここに立つためだけにこの学園を選んだんだからな」


勉強はそこそこできる。能力はそこそこという所だ。別段何かに優れたわけじゃない。でも、ここまで来るために人並みならぬ努力した。

そしてその集大成が目の前にあると思うと、興奮が抑えられなかった。


「待ってろよ、バベル」


独り言のように呟いて、担任のゴリラを追いかけてこの場を離れる。あの舞台に誰よりも長く立っていてみせると心の中に誓いを立てて。

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Bravely Heart あんじ @06271021

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