第4話 引き金

せっかく始業式で早く学校が終わったのだから、遊ばない手はない。忠の話が終わると、遊びに行くのもまた恒例になっていた。

吹雪の服を買うのに付き合ったり、映画を見たり、近くのファストフード店で今見た映画の感想を含めて好きなだけお喋りをしたり。

帰る時には、ほとんど日が落ちているのもお約束だ。2人と別れて、自分の影が敷いた自宅へのレールを辿る。

「ただいまー」

共働きな両親だけど、この時間なら母は帰っているだろう。そう思っていた僕を迎えたのは、予想外の声だった。

「おかえり、かなちゃん」

「!志津子おばちゃん、来てたんだ」

ハリのある声と、昔からの呼び名で誰だか分かる。リビングに入ると、案の定きれいな白髪の女性が母と向かい合ってお茶を啜っていた。

「兄貴の7回忌の話をしに寄らせてもらったのよ。」

おばちゃん、なんて呼んでいるけど、志津子おばちゃんは僕の祖父の妹に当たる。

つまり、7回忌になる(兄貴)というのが、僕の祖父だ。

「叶、おばさんからお菓子いただいてるから荷物おいてらっしゃい」

「苺大福買ってきてるの。かなちゃんも一緒に食べましょ」

今日高校3年にもなった男に(かなちゃん)もどうかと思うけれど、僕もずっと(志津子おばちゃん)と呼んでいるからおあいこかも知れない。何より

「ありがとう、すぐ戻るね」

僕は甘いものには目がない。呼び方なんて、苺大福に比べればどうでもいいことだ。

僕は荷物を部屋に放り込むと、手早く手洗いを済ませてリビングへと向かった。

母の横に、湯気の立っている湯呑と、ほんのりピンク色をした大福が並んでいる。

大人しく、その席に腰を下ろした。

「いただきますっ!」

「ふふっ、どうぞ」

僕に限らず、母方の親戚は皆甘いものが大好きで、舌が肥えている。志津子おばちゃんだって例外ではない。持ってきてくれるお土産はいつも絶品だ。

「・・・ふふっ」

「?どうかひた?」

大福の皮につられたように、声が間延びする。志津子おばちゃんはそれすらも可笑しかったようでさらに相好を崩した。

「いやぁ、年相応だなって」

「?へ?」

「かなちゃん、昔から普段は年の割に落ち着きすぎているきらいがあるけど、甘いものを食べている時は無邪気で年相応に見えるのよねぇ」

「あぁ、分かるわ。普段はなんだかすかした顔してるのにねぇ」

「母さんまで・・・僕をなんだと思ってるのさ」

僕はいたたまれなくなって、残りの大福を一気に口へと放り込んだ。苺の水分で、餡がホロリと崩れる。普通の大福では味わえない、貴重な感覚だ。

「んー!美味しかったぁ、ありがとう!」

言えないけれど、心当たりはある。でも、それを言ったって意味がないから、こうやって目の前の幸せだけを共有できれば、それでいい。

「どういたしまして。それだけ喜んでもらえたら嬉しいわ」

逃げる僕を追及することも無く、志津子おばちゃんはゆっくりをお茶に口を付けた。つられて、僕も湯呑に手を伸ばす。

「・・・懐かしいわね」

湯気のように一瞬で消える、淡い声だった。

「兄貴も甘いもの好きだったわ」

「・・・そうだったね」

寡黙な祖父も例にもれず、甘いものを食べている時は機嫌がよかった。今も、志津子おばちゃんが持ってきた苺大福が仏壇に並んでいる。

「全く、ひどい兄貴だよ。かなちゃんが大人になって子供ができて、ひ孫の顔を見せてもらう前にぽっくり逝っちまうんだからさ」

「そ、それはいつになるかな・・・」

それで責められていては、祖父が少々気の毒な気がする。

「・・・そういえば、兄貴は結局(お宝)の場所も言わずに逝っちまったね」

「(お宝)・・・?」

ドクン、と小さく心臓が跳ねた。それは、決して少年の冒険心をくすぐられたようないいものではなくて

「昔ね、兄貴と2人で(お宝)を埋めたのよ。今で言うタイムカプセルね」

「へぇ・・・」

「でも、兄貴ったら私に内緒で場所を変えたらしくてね。結局今でも掘り出せず仕舞いさ」

「そうなんだ・・・」

頭の中で、物語の語り部がもったいつけるように咳払いをしたような気がした。

ぐるぐると、視界が回る。脳内にあったフィルムが、回り始める。

「兄貴ったら、最期まで教えてくれなくてねぇ」

「・・・見つけたい?」

僕の言葉に、志津子おばちゃんは一瞬目を見張って懐かしむように遠くを見つめた。

ゆっくりと、口を開く。

「見つけられたら、素敵ねぇ・・・」

独り言とも、祖父に語りかけているともつかない声だった。

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