ダイラと失くした思い出12

 それからダイラは合流したアルンレイヒ軍に連れられて城へと帰ってきた。

 途中でカルロスとも一緒になった。

 彼はアウグストと同乗していたダイラを半ば強引に自分の馬へと連れ去るように移動させた。


 ダイラは気まずくて正直アウグストと一緒のほうがよかったけれど、カルロスは「さっきはごめん! 許してほしい」と謝りアウグストからダイラを奪い取った。赤の他人ということになるアウグストは不承不承ダイラを手放した。


「心配したんだ……。きみが無事でよかった」


 彼のほうが泣きそうな顔をしていて、ダイラは居心地悪く身じろぎをした。

 いつも以上にカルロスと密着をしているのがこそばゆくて、ダイラはずっと前を向いていることしかできない。別に心配をかけたのは不可抗力だ。


「気づいたらさらわれていたのよ。……でも、その……心配してくれて、あ、ありがとう」


 こういうときもっと素直に謝意を示せたらダイラは世に数多くいるかわいい女になれるのだと思う。


「俺の方こそごめん。きみを一人にするべきじゃなかった。本当に、生きた心地がしなかった。俺のせいでダイラに何かあったらって思ったら心臓が止まるかと思った」


 よかった、と熱のこもった手のひらでダイラは頬をなでられる。馬の上で横抱きにされて、逃げられないのをいいことに何をしているんだ、とダイラはついいつもの口調でカルロスを罵倒しそうになって、けれど寸前のところで開きかけた口を閉ざす。

 ダイラもその前に言うことがある。


「あと……さっきはかわいくないことをいってごめんなさい」

 この場の勢いを借りてダイラは気に病んでいたことを口にした。

 ダイラの一世一代の謝罪に大してカルロスは無言だった。


「……いい」

「え?」

 上からくぐもった声が落ちてきてダイラは聞き返した。


「ダイラちゃん、やっぱりかわいいっ! 最高。今すぐ嫁に来て!」

 そんな風に大声で叫ぶものだから周りにもばっちりと聞こえてしまった。


「えぇぇぇっ!?」

 大げさな声を出したのはダイラではなくすぐ横をいかめしい顔つきで並走していたアウグストだった。

 ちょっと待て。そこはわたしが抗議するところだから。


「ちょ、ちょっと。きみねえ、今そういうこと言うのかい? ちょ、ちょっとチャラすぎないか? ダ、ダイラいますぐこっちの馬に戻ってきなさい」


 青い顔をするアウグストにダイラは早くも先行きの不安を覚えた。

 これからは赤の他人ではなかったのか。


「だめだよ、ダイラちゃん。もう離さないから。俺のそばにずっといて。結婚して子供作ろう」

「ちょ、ちょっと! それとこれとは話が別です」

 ダイラはようやく強い口調で抗議した。人がしおらしくしていたらすぐにつけ上がるのだ、この男は。


「ここここら! 子供だなんて、なんて破廉恥なことを言うんだ! 大体だね、そういうのはダイラの母親の許可を取ってだね」

 アウグストの抗議にカルロスは冷たい視線を投げた。

「殿下には関係のないことですよ」

「う……」

 カルロスにあっさり返りうちにあったアウグストは悔しそうに歯ぎしりをした。


「殿下、いい加減にしてください。他人の娘がだれといちゃつこうと殿下には関係のない話です」


 ついにはリカロにまで諭されて、アウグストは黙りこむ羽目になった。

 先ほどまでの緊迫感がうそのようで、ダイラも小さく笑みを浮かべた。

 いくらか馬を走らせて城にたどりつくと、中庭には篝火が焚かれていた。

 捻挫をしているため馬から下ろされたダイラはカルロスに抱かれている。さも当然のようにカルロスは抱くけれど、杖を用意してくれれば歩けないこともない、と思う。体は痛むけれどこうやって誰かにかいがいしく世話されることに慣れていないのだ。


「ダイラ!」

 レカルディーナが駆け寄ってきて、ダイラの首元に顔をうずめた。


「ダイラ! よかった無事なのね」

 もう一人。よく知った声にダイラは目を見開いた。

 ダイラに顔をうずめるレカルディーナごと抱きよせるように彼女は腕をまわした。

「よ、よかった。ダイラが無事で。あなたに何かあったらわたし……」


 母は泣いていた。

 そのあとは声にならないようにしゃくりをあげている。

 レカルディーナもいつの間にか泣いていた。

 周辺には近衛騎士らとベルナルドの姿もある。総出でダイラのことを探してくれたのだ。

 ダイラはいたたまれなくなる。自分ひとりのために一体どれだけ労力をかけたのだろう。


「ご心配をおかけして申し訳ございません」

 ダイラは誰にというわけでもなくつぶやいた。

「おまえが気に病む必要はない。すべてはリューベルン側のややこしい事情のせいだ」


 ベルナルドは気にするな、という風にそっけなく言った。

 そしてリューベルン側のややこしい一因であるところのアウグストに視線を向けるが、彼は彼のほうでとある一点を見つめてかたまっている。


「カテリーナ……なのかい?」

 茫然自失でアウグストは声をかけた。

 カテリーナはその声にぴくりとした。

「お母さん……?」

「カテリーナ?」

 ダイラとレカルディーナが同時に声をかける。


「……まずい……忘れてた」


 カテリーナは小さくつぶやいた。娘の行方不明にアウグストどころじゃなかったカテリーナだったが、ようやくこの場の状況に意識が向いたのだ。

 一瞬迷うようなそぶりを見せたカテリーナだったが、一拍後には毅然とした表情でくるりと後ろを振り返った。


「やっと、会えたね。カテリーナ」

 アウグストが感慨深く声を出す。この場にいるその他大勢のことなんてまるで目に入っていないような熱のこもった視線を一人の女性に集中させる。

 その視線を受ける女性はといえば。

 無言でその場に佇み、大きく息を吸った。


「わ、わたしの旦那様は……ジョルシュ・ホッフマンただ一人なんだからぁぁぁぁぁ!」


 大きく言い放った言葉にダイラは呆れた。

 それはもうただの愛の告白だろう、と。




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