お姫様の質問
「ねえお母ちゃま」
夕食後の団欒のひととき。
珍しく今日は予定が入っておらず、レカルディーナは子供たち二人と一緒に私室で夕食を取り、現在娘たちと一緒に寛いでいるところだ。
母親と一緒に夕食を食べることができてご機嫌なアンナティーゼはさきほどからレカルディーナの側でご機嫌だ。
「なあに、アンナ」
大きな暖炉の前に設えれらた長椅子の上でアンナティーゼはレカルディーナの膝の上に頭を乗せてこちらを見上げてくる。
ユールベルは先ほどから乳母の腕の中で眠そうにしている。
「あのね、あのね。この間メレンデスふじんがおうちにかえっちゃったでしょう。あかちゃん産むんだって」
「ええ……たしか、そうだったわね。三人目だったかしら。身籠ったのよね」
アンナティーゼの言葉を受けたレカルディーナは宮殿勤めの女官のとある夫人の顔を思い浮かべる。
確か二人の子供を持つ母だったはず。
主にレカルディーナら王太子夫妻の奥向きの世話を務めてくれているメレンデス夫人。アンナティーゼも慣れ親しんでいる人物の一人だ。
「そうなの。赤ちゃん生まれるんだって」
レカルディーナの膝の上でアンナティーゼがにこっと笑った。
親子の会話を続けているとにわかに戸口がざわついた。
アンナティーゼががばっと体を起こした。
部屋へ入ってきたのはベルナルドだった。
「おかえりなさい、あなた! ごはんにする? おふろにする? それともわたしにする?」
アンナティーゼがベルナルドに向かって突撃をする。
突撃しながら娘が発した内容が衝撃的すぎてレカルディーナ以下その場に控えていた女官や乳母が固まった。文字通り部屋中の空気がぴしりと。
「……誰に教わった?」
突撃娘を抱き上げたベルナルドの質問にアンナティーゼが上機嫌に答える。
「シーロ!」
「あの男……」
「これを言えば世の男は喜ぶって。お父ちゃま嬉しい?」
アンナティーゼは首をかしげる。
「アンナ、これを言われてうれしいのはシーロだけだ。ということで今後絶対に言うな」
真剣な表情の父親の気迫に押されたのかアンナティーゼはしばし間をおいて「はあい」と答えた。
思っていた反応ではなくてちょっとがっかりしているらしい。
というかシーロ。いつの間にアンナティーゼにそんなふざけた台詞を吹き込んだ。
今度会ったら一発殴ってやる、とレカルディーナは王太子妃としてあるまじきお転婆さ加減の言葉を心の中で呟いた。
「お父様はアンナに『おかえりなさい、お父様大好き』って言われたほうが嬉しいわよ」
「ほんと? お父ちゃま」
レカルディーナの助け舟にベルナルドが頷いた。
「ああ」
「お父ちゃま、大好き」
アンナティーゼが満面の笑顔で頬をベルナルドに摺り寄せると彼は唇の端を持ち上げてアンナティーゼの頭を柔らかく撫でた。
彼は娘を抱いたままレカルディーナの隣へと腰を下ろした。
ベルナルドの膝の上に座っているアンナティーゼは両親を独り占めしている今の状況に満足そうに笑みを深めた。
乳母の腕に抱かれたユールベルが「マー」と声を出したのでレカルディーナは両腕を伸ばして、乳母から次女を受け取った。
「さっきまで何を話していたんだ?」
ベルナルドがアンナティーゼに問いかけた。
アンナティーゼは父親登場の興奮ですっかり忘れていたらしく、「そうだ!」と言って両親の顔を交互に覗き込んだ。
「あのね、あのね。赤ちゃんはどこからくるの?」
「え……と……」
レカルディーナは答えに窮した。
ちなみにその前の会話の内容を全く知らないベルナルドは脈絡のなさすぎる質問に黙り込んでいる。
「ねえねえ、お母ちゃま。赤ちゃんどこからくるの? メレンデス夫人にきいたら、それはお母ちゃまから教えてもらってくださいって言ってたの! ねえねえ、教えて」
「えーと、ね……」
子供向けに話す内容ってええと……。
確か昔レカルディーナも同じようなことをオートリエに聞いたことがあったはず。
まさか自分も同じ質問をされる日が来ようとは。
「それはだなアンナ、まずは俺とレカルディーナが子作り……」
「ってベルナルド様何真剣に話し始めてるんですか」
レカルディーナはベルナルドの言葉に被せるように大きな声を出した。
それからすぐに彼の耳元でひそひそと会話をする。
「ベルナルド様、まさかアンナ相手に本当のことをおっしゃる気じゃ」
「赤ちゃんがどこからくるのか知りたいのなら最初から説明しないとだろう」
夫の回答にレカルディーナの頬から血の気が引いた。
「いや、それ駄目ですから! わたしだって真実知ったの殿下と結婚する直前ですよ!」
ちなみにアンナティーゼは現在三歳半である。
「別に照れる話でもないだろう? ただの生殖話だ」
「いやいやいや」
どうやらベルナルドは素で言っているらしい。
レカルディーナはすぐさまツッコミを入れた。
「むう。お母ちゃまとお父ちゃまふたりでナイショずるーい」
「あ、ごめんねアンナ」
「わかればよろしい」
レカルディーナの謝罪にアンナティーゼは鷹揚に頷いた。
いったい誰の真似だろう。子供はいろんな人間を本当によく観察している。
(とにかく、駄目ったら駄目ですからね)
レカルディーナは視線で夫を制した。
レカルディーナの目線だけの会話の内容を正しく理解したベルナルドは小さく顎を引いた。
「あのね、アンナ。赤ちゃんは夫婦二人で愛の女神さまにお願いすると、女神さまがお母さんのお腹の中に授けてくれるのよ」
たしかこんな言葉だったはず。
レカルディーナはかつて自分が母に言われた台詞をそのまま娘に伝えた。
「愛の女神様が赤ちゃんくれるの?」
アンナティーゼは目を丸くする。
「そうよ」
「じゃあアンナの時も? ベルの時も?」
レカルディーナはうんうんと頷いた。
「そうよ。女神さまにお祈りしたらアンナたちがわたしたちのところにやってきたのよ」
「お母ちゃま、アンナに会えてうれしかった?」
「もちろんよ」
無事に生まれてきてくれて、それだけで感無量だった。
レカルディーナの言葉を聞いたアンナティーゼは面映ゆそうに顔を赤くして体を揺らした。
ぴたりと寄り添ってくる娘が可愛くてレカルディーナは娘の背中をさする。
「……いいのか、その説明で」
とりあえず夫の少し納得のいかなさそうな言葉は聞かなかったことにするレカルディーナだった。
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