二章 不機嫌な殿下にご用心2
はっきりきっぱりした好みの男性像発言に今度こそレカルディーナは口を閉ざした。華奢で中性的な男性が好みとか言われても、実際に女なのだから当たり前である。理想を体現したかのような男性が現れたから王妃の座よりも自身の好みを優先するということらしい。思わず納得しかけて、いや待て、と我に返った。
「ぼ、僕は今仕事を始めたばかりだし……。恋愛とかはあんまり考えていなくって」
「まあ、あんな根暗王子の為にそこまで必死に働く必要などないですわ」
言外に恋よりも仕事をにおわせてみたのだが撃沈した。ついでに根暗王子とか散々な言いようである。その根暗王子をものにしようとこの間までせっせと頑張っていませんでしたっけ、という突っ込みを今すぐにしてやりたい衝動にかられる。
「根暗って……」
「ああ、ルディオ様にとっては仮にも主に当たる方ですものね。失礼しましたわ。しかし本当のことですわ。王族の義務も放っておいて、かれこれもう四年も郊外の離宮に引きこもっているなんて。そんな王子の元に嫁ぐなんて最初から気乗りしませんでしたの。これもグラナドス家に生まれた者の義務かと思いせっせと頑張ってはみましたが」
「僕は最近までフラデニアに留学していたんだけど、そもそもどうしてベルナルド殿下はああなの?」
話が逸れそうなので、これ幸いとばかりにレカルディーナは以前から疑問だったことを聞いてみることにした。さすがにリポト館の人間には正面切ってベルナルドがどうして引きこもったのかなんて聞けないからだ。ちなみにシーロにはそれとなく探りを入れてみたのだが、『そういうお年頃なんだよ。察してやれ』という一言で済まされてしまった。どんなお年頃なのかさっぱり分からない。
「あら、わたくしでお役にたてることでしたらなんでも。ルディオ様は最近のアルンレイヒについて詳しくないのですね」
「まあね。あ、だけどさすがにベルナルド殿下が国王陛下の養子だっていうことくらいは知っているよ」
今から約五年ほど前のことである。まだ隣国の寄宿舎に入る前だったレカルディーナは王弟モンタニェスカ公爵の一人息子が国王の養子となることを父から聞き及んでいた。ゆくゆくは彼がアルンレイヒ国王になるだろうということも。現国王カシミーロ三世には娘がいた。長らく子宝に恵まれなかった国王の元にようやく生まれた子供は女だった。王女の名前はアンセイラ。彼女が女王となりゆくゆくはアルンレイヒを治めるだろうと言われていたのだが、七年前の冬に流行り病で亡くなってしまった。たった十三歳という若さである。そうして直系が途絶えるという危機に直面した王家は、国王の弟であるモンタニェスカ公の息子を養子に迎えた。
当時、宮廷でどのような攻防があったのかはレカルディーナは知らない。ただ事実としてカシミーロ三世の甥が彼の後を継ぐということを認識していただけだった。
「ベルナルド殿下は元々お亡くなりになったアンセイラ姫と婚約をされていたのですわ」
「えぇぇっ!? そうなの」
さすがにその情報は初耳でレカルディーナは大きな声をあげてしまった。従妹同士で婚約なんて完全な政略結婚ではないか。
「ええ、そうですわ。いずれは女王となられるアンセイラ姫を支える伴侶としてですわね。従妹同士ですし、下手に他国から王子を婿に取るよりかはよいと判断されたのでしょう」
ファビレーアナは続けて二人は幼いころから何かと一緒に過ごすことも多く、いわゆる幼なじみという間柄ですわね、と続けた。曰く、この離宮にも毎年夏になると両家族でよく訪れていたそうだ。
しかし不幸なことにアンセイラ姫が亡くなってしまった。その後ベルナルドが王太子となり、本格的には国主となるべく勉学や視察などをこなすようになっていったそうだ。
「けれども、次第にやる気を失われてしまい……ついには離宮に引きこもるようになってしまったのですわ。元々物静かなお方だったようですが、あれは静かというよりも根暗というほうが合っていますわ」
やる気と生気を失い離宮に引きこもる王子をどうにかしようと議会も王も色々と手を尽くしたのだけれどどれも失敗に終わったそうだ。現状王立議会があり、国王の専制君主ではない。国は議会の名のもとに回ってしまうので王子一人が引きこもっていようとも構わない、というのがベルナルドの弁なのだそうだ。
「仲の良かったアンセイラ姫のこともございますし、国王陛下も強くは言えないのでしょう。それ年々陰気になっていく王子など相手にもしたくないというのが本音ですわ。しかも部屋では口に出すのもおぞましい、あんなものたちを飼育しているではないですか」
口に出すのもおぞましいものたちの世話を日々しているレカルディーナは頬を引きつらせた。ベルナルドの趣味は貴族にも筒抜けのようだった。というのも婚約者候補として名の上がった某令嬢に贈り物と称して大量に下賜したのだそうだ。当然贈られた令嬢は悲鳴をあげて失神した。相手が王子なだけに誰も文句を言えなかったらしい。しかも嫌がらせではなく婚約者となるかもしれない令嬢への心づもりの贈り物、ときたから性質が悪い。
いや、絶対にそれは嫌がらせだろう、とレカルディーナは確信した。
「ありがとうグラナドス嬢。おかげで色々とすっきりしました」
ベルナルドの背景が少しだけ見えてきてレカルディーナはお礼を言った。幼なじみの少女をいまだに想っているなんて、ただの陰鬱王子かと思っていたが繊細なところもあるのかもしれない。
「あら。わたくしでよければ何でもお力添えになりますわよ。そうですわ、これから薔薇園を散策しませんこと?」
「い、いえ。そろそろ戻らないといけないので」
「仕方ありませんわ。ルディオ様はお仕事中ですものね」
ファビレーアナは少しだけ頬を膨らませながらも一応は納得してくれた。また遊びに行きますわ、と小さく手を振る仕草がとても可愛い。突撃少女かと思ったがあっさり納得するあたり根はそんなにも悪い子ではないのかもしれないと思うレカルディーナだった。
最初はどうなるかと思ったが有意義な時間を過ごしたレカルディーナの足取りは軽やかだった。つい大好きなメーデルリッヒ歌劇団でも屈指の人気を誇る劇中歌が鼻歌で飛び出すほど。
せっかくだから牧場の方でも通って行こうかと途中右に折れた。昔の名残で現在でも牧場では牛や羊が飼われているのである。仕える主君が引きこもっているせいで現状近衛騎士の仕事はとくにない。訓練以外の時間牧場の仕事に駆り出されている隊の何人かの姿が遠目に確認できた。
この時期は生まれた子牛や子羊が母親にべったりとくっついている時期でもある。そういえば産後の日立ちがおもわしくなかったメアリーは元気だろうか、などと考えて歩いていると牛を放している柵の近くに黒い影を発見した。
柵に腕を乗せ体の向きを牛たちの方へ向けている。誰だろう、とレカルディーナは首をかしげた。
近づいてみるとその正体はベルナルドだった。
たまにふらりとどこかへ消えることがあったが、牧場のあたりまで散歩をしていたということか。なにをそんなにも熱心に眺めているのだろう。
レカルディーナも興味を持ってベルナルドに気づかれないように注意を払いながら近づいた。回り込むようにそろりと近づいて、レカルディーナは息をのんだ。
(あんな顔もできるんだ……)
そこには普段リポト館ではおおよそ見ることができない、穏やかにほんの少しだけ笑みを浮かべたベルナルドの姿があった。彼は口の端をほんの少しだけ持ち上げていた。いつもの不機嫌そうな顔つきではなかった。ここに来てから初めて見るような優しい顔だった。無表情とか眉根が寄ってるとか、睨みつけられるとか、そんな表情ばかり見慣れてしまったので余計に心臓が高鳴った。
レカルディーナはベルナルドから視線が外せなかった。初めて見た柔らかい表情はそれだけレカルディーナの心に刺さった。
一体何をそんなに熱心に眺めているのだろう、と思ってレカルディーナもベルナルドの視線の先に目をやった。
そこにはのんびりと草を食む牛の群れがいた。子牛がぴったりと母牛に寄り添っているのが微笑ましい。そんな光景があちらこちらで見られた。もうすぐ乳離れが始まるとこの光景も見ることは無い。雄牛は売られていくか王宮の晩餐会の材料になる。
ベルナルドの横顔と牛を交互に見やっていたら、視線を感じたのかベルナルドがこちらの方を振り返った。レカルディーナを認識した途端に顔から表情が消えた。そのまま立ち去ろうと歩きだしてしまった。レカルディーナは慌ててベルナルドの方へと走った。
「あの! 殿下もメアリーのことが気になったのですか?」
後を追いながらレカルディーナは思っていた疑問を口にした。数日前に自分が話したことを覚えていたのではないか。だからこうして様子を確かめにきたのではないか、と。
ベルナルドは立ち止まってからレカルディーナの方を振り返った。
「別に。俺はただ散歩をしていただけだ」
「散歩なら別に牧場の方に来なくてもいいのではないですか」
どうしても事の真相を確かめたくてレカルディーナは食い下がった。
「俺がどこを歩こうと俺の勝手だろう」
「メアリー元気になりましたね」
つっけんどんな言葉だったけれど、それでも会話が続いているのが嬉しい。ベルナルドはにやけているレカルディーナを横目で眺めて、そのまま歩みを速めた。
「どいつがメアリーなのか俺は知らない」
「そうなんですか。ちなみに青いリボンのベルを付けた牛がメアリーですよ」
ちっ、と舌打ちが聞こえてきたようなきがするが気にならなかった。それよりもちゃんとレカルディーナの言葉に返事をしてくれていることの方が嬉しくて知らずに笑みがこぼれた。もしかしたら案外人間味にあふれる人なのかもしれない。幼なじみのアンセイラ姫のことを想うあまりに引きこもるくらいなのだ。案外内面は繊細で、それゆえに周りに強く当たってしまうだけなのかもしれない。
「おまえ、いつまで付いてくる」
「帰り道一緒じゃないですか」
心底嫌そうに呟かれても照れ隠しをしているようにしか見えない。
ちゃんと向きあってみると案外悪い人では無いのかもしれない。レカルディーナはそのあともめげずにベルナルドの後ろに付き従いリポト館へと帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます