第27話 いびきがうるさいけど、分かんない事だらけだ

 家を出て、壊した建物を一件ずつ回る。

 清々しい程に木端微塵だ。

「かつての面影を今に刻め」

 シロを召喚し、壊した建物の修復をするが、すぐにお腹が減ってくる。

 壊した物の半分くらいを修復させたところで作業を終える事にした。

 シロを送還して、今度は食べられそうな魔獣を探す事にする。

 しかし、歩けど魔獣に出くわす気配は無い。

「そう言えば、また山を登らなくちゃダメなんだった」

 盗賊と魔獣が妙な住み分けをしているおかげでこの辺一帯に魔獣がいない事をすっかりと忘れていた。

「仕方ない。帰ろう」

 何だか面倒くさくなった。

 帰ろうと思ったその時、どこからか物音が聞こえてきた。

 素早く詠唱をしてシロとクロを再度召喚する。

 物音は徐々に大きくなる。

 茂みに身を潜め、様子を伺う。

 やがて物音が金属のぶつかる音と何かが集団で動いている音だと分かった。

 魔獣じゃなさそうだ。

 面倒そうだから連中が過ぎるのを待つとしよう。

 しばらく物陰で待っていると武装した集団が列をなして歩いてくるのが見えた。

 甲冑。

 槍。

 弓。

 剣。

 騎馬までいる。

 何かの軍隊かな。

 一行はぞろぞろと歩いている。

 その列をぼんやりとひっそり眺めていると、列の中くらいに目が行った。

 馬に乗っている二人の男 。

 装い。

 騎乗する馬。

 それらが周囲とかけ離れていた。

 きっと集団の長だろう。

 一人はまるでカクを思わせる迫力の男。

 もう一人はユウとはまた違った意味でしょうもなさそうな男。

 何もしていないのに背筋がひんやりとした。

 カクっぽい男に他を圧倒する雰囲気があった。

 直感で分かる。

 敵にまわしちゃいけない相手だ。

 そしてその横で阿呆みたいにあくびをするド派手な男。

 あいつは何だ。

 前髪をぴょろぴょろさせて。

 馬鹿なのか。

 あるいは隣の男すら取るに足らないとでも言うのか。

 そんなことを考えながら列を見ていると、恐ろしい程に迫力がある男が急にこちらを見てきた。

「ふぐんっ!」

 思わず出かかった声を手で抑え込む。

 目が合った。

 気付かれた?

 どうする。

 やるか?

 しかし私のそんな逡巡を余所にその男は再び前を見て、何事もなかったように過ぎて行った。

「どうしたんですか隊長」

「いや、なんでもない」

 そんな会話から彼らの関係性が分かった。

 なんでもないじゃないわよ。

 ずっとあの男の意識が私に向いている。

 何かすれば、私の人生が終わる。

 そんな直感が頭を過る。

 私は必死にお腹が鳴りませんようにと祈りながら列が過ぎるのをただ待つ事しかできなかった。

 必死に蹲っていると、やがて音が小さくなっていった。

「いった…?」

 恐る恐る頭を上げてみると、周囲には誰もいなかった。

 何しにここに来たの。

 魔獣と盗賊しかいないのに。

 どっちかを退治しに来たんだよね、きっと。

 でも盗賊は悪い事はしていないから魔獣を狩りに来たのかも。

 とにかく帰ろう。

 疲れた。

 来た道を素直に引き返し、盗賊の集落に戻るとホムラが外で待っていた。

「どうした。何かあったのか」

 帰りが遅くて心配したらしい。

「いや、ちょっと魔獣を狩りに行ったら面倒くさそうな連中に出くわしただけよ」

「怪我はないか」

「大丈夫」

 私に怪我がなさそうだという事が分かるとホムラは安堵の色を浮かべた。

 意外と優しそうだ。

 勇者とは大違い。

「風呂、入れるぞ」

「ありがとう」

 お風呂を出ると、ホムラが布団の用意をしていた。

「疲れただろう。寝ると良い」

「至れり尽くせりね。何? もしかして少女趣味?」

「馬鹿な事を言うな。ただ、あれだ。少しな…」

「止めてよ変態。外で寝るわ」

「だから馬鹿な事は言うな。あれだ、娘の事を思い出してな」

「娘?」

「そうだ。俺が生贄として捧げられたのはもうずっと昔だが、その頃にはもう嫁と娘がいたんだ。今となってはお嬢ちゃんよりも年は食ってるだろうが、それでも少し重ねて見ちまう」

「どっちにしろ変態じゃない」

 そんな事よりもよくよく考えてみれば、生贄が女だけじゃない事の方が驚きだった。

 生贄と言えば美女と相場が決まってるでしょうに。

「俺の娘はきっとお嬢ちゃんほど口は悪くはないだろう」

「余計なお世話よ。それに貴方はこれからツギノに帰るんだから、娘さんには会えるでしょ」

「いや、娘になら会ってるんだ」

「え?」

「名前をカスミという」

「ああ…」

 納得。

 だからあんなに必死に生贄となる事を妨害しようとしていたのか。

「その、あれだ。迷惑なら金輪際こんな事はしない」

「そうね。迷惑よ」

 そう言うとホムラはあからさまに落ち込んだような顔をした。

「やるならカスミさんにしてあげなさいよ」

「何だよ。案外良い奴なんだな」

「案外って何よ」

「いや、言葉通りの意味だが」

「言わなくていい! それよりさっさと出て行きなさいよ」

「え?」

「え?」

「だってここで俺も寝るし」

「はぁ? さっきの家は? あんたの家じゃないの?」

「木端微塵にしたのは誰だよ」

 そうだった。

 忘れてた。

 直しておけば良かった。

 今から直す?

 でも面倒臭いな。

「俺もここで寝る」

「少女趣味と一緒に寝るなんてごめんよ」

「だから違うって」

「…襲わない?」

「襲わないって言ってるだろ! 誰がそんな貧相な身体に欲情するか」

「貧相って言うな! これからしっかり成長するもん!」

「とにかく、俺もここで寝る」

「襲ったら殺す」

「だから大丈夫だって」

「いびきがうるさかったらその口を封じる」

「それは我慢してくれ」

 そんな会話の後で布団に入ったホムラのあくびは案の定、うるさかった。

 この分じゃ、ろくに眠れそうもない。

 真っ暗闇、眠れない布団の中で考えた。

 あの連中はどこからやって来たのだろう。

 方向から考えてツギノを経由してきた事は間違いがなさそう。

 目的は何?

 魔獣退治?

 でもツギノからやって来たのならユウ達に会ってるはず。

 事情はそこで説明されていてもおかしくない。

 だとしたら、尚の事ここに来た理由が分からない。

 勇者の奴が何か企んでいるのかも。

 何を企んでいる?

 …。

 分かんないや。

 ああ、そう言えば。

 勇者で思い出した。

 魔法基礎の基礎。

 それだけを知っていたって、魔法なんかろくに扱えるはずもない。

 そんな程度の知識しか教えていないはずなのに。

 日中、微睡の合間に見たあれは確かに私の知っているものだ。

 呪文を唱え、魔法を発動させるという私の世界の標準的な魔法。

 アゴハズレとかノミカイゴだとか、ふざけた魔法は元から使えていた。

 生命力を魔力にする事も、魔力を具現化する事も出来るのは間違いない。

 でもあのふざけた魔法。

 強引に枠に嵌めるなら、言霊というか呪いの類のもの。

 それを魔法の知識が何にもない人間が扱えるというだけでユウがまともでない事は分かる。

 だからと言って呪文詠唱型の魔法をあんなにすぐに使える理由にはならない。

 呪いは言葉が本来持っている力を魔力でもって外界に作用させるもの。

 呪文詠唱型の魔法はイメージを魔力を使って現実に引き出すもの。

 呪文はあくまで自己暗示に過ぎない。

 その点で呪いとは根本的に違うものなのに。

 そもそも呪いは魔術すれすれの危ない技術で、まともな知識がなければ扱えないどころか、まともな知識があるのなら使おうとも思わない代物だ。

 どうして当たり前にみたいにこの二つが使える?

 様式が違う魔法を瞬時に修得した?

 それとも両者は本質的には同じもの?

 ユウの存在は私の世界じゃあ常識的にはとても考えられない。

「分かんないな」

 どうしよう。

 ここでも私は置いて行かれるんだろうか。

 何の知識もない人間に置いて行かれるの?

 ああ、ダメダメ。

 弱気になるな。

 嫌。

 あんなふざけた人間に魔法使いとして置いて行かれるのは絶対に嫌。

 負けない。

 ここで折れたら私は一生、負け犬のままだ。

 それくらいならここで朽ちた方がマシ。

 学院になんか帰りたくない。

 見てろよ。

 絶対見返してやる。

 閉じた瞼の中で天変地異が起きている。

 その中で私は誇らしげな笑みを浮かべていた。

 そう。

 例えばこんな風に、格好良い魔法使いになりたい。

 やがて意識がぼんやりとし、思考が言語化できなくなってきた。

 ホムラのいびきが聞こえなくなる。

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