ゆるゆる冒険記

久遠マキコ

プロローグ

第1話 起きたら青空が天上だった

 起床。

 登校。

 授業。

 帰宅。

 食事。

 入浴。

 就寝。

 このルーチンで繰り返される代わり映えのない毎日。

 不満はある。

 もう少し何かあっても良いんじゃないか。

 そう思う時がある。

 けれど口には出すまい。

 これが幸せというものなのだから。

 これ以上を望むのは贅沢というものだ。

 あ。

 そう言えば宿題するの忘れてた。

 明日、写させてもらおう。

 借りてたゲームも返さないと。

 いつもと変わらない明日を想像しながら、やがて微睡に包まれる。

 お休みなさーい。

 束の間ブラックアウトした意識だったが、ある瞬間から確かに自分に意識がある事に気付く。

 周囲は靄が掛かったように判然としない。

 やがて意識がはっきりとしてきた。

「やあ」

 目の前には見知らぬ人間。

 時々、こういう事がある。

 夢か。

「そう、夢だ。しかし、夢でないとも言える」

 こういう意味の分からない事を言い出す人間が突然現れるのも夢の特徴と言える。

「自己紹介をしよう。名前は、そうだな…シンと呼んでくれれば良い。この世界の創造主。君達が言うところの神だ」

 目の前の自分を神だとのたまう男をガン見してみるが、やはり面識はない。

「君の事は知っているよ。佐伯勇生だね。君の夢にこうして現れたのには理由があるんだ。少し話を聞いてくれないか」

「話? 嫌だよ。さっさと消えてくれ」

 夢の中で男と話す趣味は無い。

 俺の夢の産物なら女神で登場するべきだ。

「本来なら、この世界の人間の前に現れる事はしない。ただちょっと緊急でね。君に世界を救ってほしいんだ。いや、違うな。厳密にはこれから起こる世界の崩壊の危機に立ち向かってほしいんだ。そのお願いと言うか、準備と言うか…。とにかく君と話がしたくて、俺はこうしてここに現れた訳だ」

 俺の願いも虚しく、シンという自称神が語り始めた。

「何と言うか、少年漫画的だな」

 強制イベントか。

 仕方ない。

 話くらい付き合ってやるか。

「茶化すなよ。元々は俺の責任だったんだ。だけど俺が動くと、どう頑張っても今以上に状況が悪くなる。しょうがないからその世界の住人に協力をしてもらう事にした訳だ。そして俺は君を選んだ。おめでとう。君は選ばれた人間。特別だ」

 え、何。

 突然現れた男の尻拭いをさせられるの。

「申し訳ないけど、そう言う事になる」

「嫌だよ」

 当たり前だろ。

「うん。まあ、そういう返事が来て当然だ。でもね、君の都合なんか知った事では無いんだ」

 どうにも腹の立つ神様だな。

「とりあえず君を異世界に飛ばすから」

「は?」

「君の他にも二人ほど異世界に飛ばすから、三人で協力して俺の所まで来てくれないか」

「だから嫌だって」

「三人の中で君だけ力を持ってないから力を与えよう。生き抜くための力だ」

「いや、マジでふざけんなって」

「無事に旅を乗り越えたら、元の世界に帰そう。そしてその力を使って君の世界を守ってほしい」

「嫌だって言ってんだろ」

「大丈夫。力と一緒に力についての知識も与えるから」

「話を聞けーい」

 夢の中くらい俺の好きにさせろって。

「じゃあよろしくね」

 よろしくじゃねえよ。

 言いたい事だけを言うと、自称神が姿を消した。

 周囲の景色がぼやけ出し、やがてブラックアウトした。

 次に浮遊感を覚えた。

 気持ちの悪い感覚が下腹部をなぞる。

 しかし、その感覚もすぐにおさまり、重力を感じるようになる。

 意識が頭に収まるのが分かった。

 首筋をくすぐる感覚に鳥肌が立つ。

 あまりのむず痒さに目を開け、身体を起こす。

 風が頬を撫でる。

 青い臭いが鼻孔をくすぐる。

 視界の先にはまだ青い麦が風に揺られ、陽の光を反射していた。

 んん?

「何これ」

 いやいや。

 おかしいって。

 さっきベッドに入ったんだよ。

 日本の一般家庭の平均的な男子高校生が自宅で寝ていたんだよ。

 いや待てよ。

 夢かこれ。

「いやいや。夢じゃないって」

 セルフツッコミ。

 夢ではない。

 こんなに意識がはっきりしている。

 五感が感じる感覚も夢のそれと違う。

 夢が作り出したものではない。

 本物だ。

 つまりあれか。

 夢に出てきた自称神様。

 あれも本物だったという事か。

「ふう…いやいや」

 落ち着け。

 えっと?

 つまり?

 ここは?

 異世界?

 マジで?

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