第24話 ~2002年から、2003年~ 12
十二月六日。
前日に陽子姉さんにも電話で連絡を入れて、その日は姉弟五人での夕食になった。
「………格子、今日は、何かあったの?」
光子姉さんは、ダイニングテーブルに並ぶ料理の皿を眺めていた。
普段は簡単な料理しか選ばない僕が、その日は本を参考に、さながらバイキングのように大量に、手の込んだ料理をこしらえた。その日の料理にかかった材料費は、僕の、おじいちゃんから貰ったお年玉の貯金から出されている。今まで使い道がなくて溜まり続けていたものだ。光子姉さんがいぶかしむのも無理はなかった。
「まあ、色々とね。とりあえず、姉さんたちは座ってよ」
僕は四人の姉さんを集めて椅子に座らせると、一旦自室に戻った。
自室から帰ってきた僕を見て、四人の姉さんたちはそれぞれ、驚きの表情を浮かべていた。
僕の手の中には、ささやかながら、四本の花束があった。
「光子姉さん、『姉の日』おめでとう。いつもありがとう」
僕は花束のひとつを光子姉さんに差し出した。光子姉さんは困惑しながらも、僕からの手紙の添えられた花束を受け取った。
「はい、陽子姉さんも。『姉の日』おめでとう」
「………ありがとう。……でも、『姉の日』って、あるの?」
「探したら、あったんだよ」
僕たち姉弟には、父も母もいない。だから当然「父の日」も「母の日」も、カレンダー上の記号でしかなかった。自分には関係のない「父の日」と「母の日」について昔から―――というよりも、どうして「姉の日」がないのだろうと不思議に思っていた。しかし、僕の知らない様々な記念日があるのを知り、それならば「姉の日」もあるのではないかと思い、学校のパソコンのインターネットで調べた結果、十二月六日がそうだった。
「はい、量子姉さん、帰ってきてくれてありがとう」
「うん、ありがとう。花束貰うのって初めて」
「それは良かった。………因子姉さんも、おめでとう」
因子姉さんは手紙付きの僕からの花束を、ぶすっとした表情で受け取ると、「なんか、恥ずかしい」と言った。
「因子、お礼」と、光子姉さんが言うと、因子姉さんは小さな声でありがとう、と言った。
「どういたしまして。………それで、あと、もうふたつ、報告があります」
僕は自分の席で立ったまま、伝えた。
「僕は、鈴山まりあさんという、クラスメートの女の子の、恋人になることにしました」
僕の報告に、陽子姉さんは驚いたように目を見開き、光子姉さんは納得するかのように頷き、量子姉さんは「おめでとー」と僕に拍手をし、まりあさんからすでに報告を受けて知っていた因子姉さんは、黙ってそっぽを向いていた。
「こうくん、どうしてそう決めたの?」一番驚いていた陽子姉さんが僕に尋ねた。
「おじいちゃんがね、もっと時間をかけてみたらいいって、僕に言ってくれたんだ。………だから、今すぐ好きになれなくても、ゆっくり話をして、仲良くなろうかと思って」
納得したのか、陽子姉さんは頷きながら、光子姉さんを見た。
「こういう気の長さも、若さのうちかな、姉さん」
「あんたもまだ若いわよ。早くとは言わないけど、今度はいい相手を見つけなさいね」
「ちょっ、とお! 折角いい気分なのに!」
「ねえねえラッたん、もうひとつの報告は? 早く食べたいよー」
そのときを見計らったかのように、腹の虫が鳴いた。しかし鳴らしたのは量子姉さんではなく、因子姉さんだった。
因子姉さんは急にむきになって声を荒げた。「ちょっと今のはナシ! ナシだから!」
「そりゃーお腹の中は空っぽだよねーファクたん。ほーらエビフライがおいしそうだねー」
「もうっ。………格子! さっさと報告を済ませてよ!」
「はいはい……」
僕は、ポケットの中に手を入れて、一枚の名刺を取り出した。それは六日前におじいちゃんから貰ったものだった。
その名刺を量子姉さんに差し出した。量子姉さんは、因子姉さんを冷やかしていた笑顔が一転して、困惑の表情になった。
名刺を受け取って、量子姉さんはそれを眺めた。
「『進藤呉服店』? ……これ、なに?」
僕は、それを僕に託したときのおじいちゃんの笑みのつもりで、笑った。
「おじいちゃんから、量子姉さんへの、バースデープレゼントだよ」
十二月十五日は、量子姉さんの誕生日である。
僕は光子姉さんを見た。光子姉さんは、にやりと笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます