界託記〜手紙〜

        今は名も無き私の子供へ〜




――初めまして、いやこれを読んでる頃には久しぶりになってるかな?

それに、きっと私から紋章器を託された後だと思います。


 旅立つ時最初にここに来るよう言うつもりだからきっとまあ、カカ様にお世話になってるんでしょう。


 態度はちょっとあれだけど……、やってきたばかりの私を受け入れてくれたし、かなりの実力者なんだから。


 あの方にはしっかり助けてもらうように、それからあまり無礼のないように。





 でね、今この刀はあなたが大人になって、私があなたに託しても大丈夫だと思ったら渡そうと思ってるんだけど……。

 これを読んでるということは多分立派になってくれたんだと期待してます。



 余談はこれくらいにして、本題に入るわね。



 さっき私はどうしても夫の形見を取りに行きたくて、禁忌区域の中心都市レピリアに行ってきたわ。


 もう滅亡から三ヶ月も経つというのに、まだレピア帝都は死臭と細菌に満ちていて、1鈖(ぷん)と持たないような有様だった。


 それに、私の家は全壊、夫の形見はおろか何一つ残ってなかった。





 そのあと、放心しながら歩いたらね……、ふと誰かの泣き声が聞こえたの。



 何だか、呼ばれているような気がして、その声をたよりにしてひたすら歩いた。


 そしたら……、そこにあなたがいた。




 二人の夫婦に抱きしめられながら、あなたは……、ただ、一人その場で生きていた。




 そして、腕の中にはその刀があった。




 奇跡だと思ったわ。あの状況下の中で生き延びるなんて。


 そしてそれが意味するのはレピア崩壊の唯一の生き残りだということ。

 そして、その紋章器に認められた赤ん坊だということよ。

 




私はあなたと紋章器を抱えて、ひたすら走った。何かに追われるように。それで辿り着いたのが、この祠。


 今は少し落ち着いて、これからのことを考えた結果こうして手紙を残すことにしたの。





 でね、ここからが私の伝えたいこと。


 カカ様から聞いてるかもしれないけど、今……天、魔、人界郷の三郷(さんきょう)の均衡が崩れつつある。


 そして、もう何年後かあとには三郷を巻き込んだ……、歴史上恐らく最も激しい大規模な聖戦が始まる。


 そうしたら間違いなく人界郷は初めに滅ぶわ。だけどね、それを防ぐための方法が一つだけある……。


 それは……、この世界に存在する紋章器全てを集めること。そうすれば三郷は永遠に遮断され隔離される。




 そして貴方が持つのは紋章器を束ねる力を持つ神器、アマユラ。




 それでね、これはお願い。




 この世界を守る、なんて大それたこと言うのも恥ずかしいんだけど、あなたに紋章器集めをやってほしい。


 いや、あなたじゃないとできないと思うの。


 だからね……。その刀、神器でこの世界を救って。


 どうしてこんなことを知ってるかって思うだろうけど、わたしのことについては世界を旅していたらおのずと知ることになると思う。


 それにその刀を持っている時点でもう、その縛られた運命から逃れることはできない。


だけど……、もしかしたらこれがあなたの生まれてきた意味なのかもしれない。



 なんだか、ああしろこうしろと押し付けがましいことばっかり言ってごめんね。


 さっき会ったばかりなのに、どうしても、今伝えなきゃいけないそんな感じがしないの。




 だけどまあ、折角の冒険なんだし色んな人に会って楽しんでくればいいわ!



 これまで言ったこともあなたが世界で生きるための口実。信じるか信じないかはあなたが決めてほしい。



 だけどここに書いてあることはしっかりと胸に刻んで、ゆっくり世界を見てらっしゃい!



 私はあなたを、信じてる。だからあなたも私を信じて。




 この世界をあなたが……。




 やっぱりどうするかは自分で決めるものね……。





 P.S.

 最後に、たまには家に帰ってきなさい。それからあなたの成長した顔を見せて。

 途中経過でもなんでもいいから話を聞かせて欲しい……。





 ……楽しみに、待ってるわね――



       〜ミレノア・ルークスより









 ……これが、母さんの最後の言葉……。


 何を考えて、どう受け止めればいいのか分からない。母さんも今とは全然違う……語りかけるような、落ち着いた口調だった。




 ホント……、ただただ呆然とするばかりだ。






 ……世界って何なのだろうか。




 おそらく、この旅で何度も思うであろうそれを何度も頭の中で反芻(はんすう)する。



 ふいに頬に熱いものが流れているのを感じる。


 いつの間にか、涙が出ていた。


 何故、と思うこともなく熱いものが込み上げ滲み出る。


 それは、ゆっくりと俺の頬を伝い、手紙へと落ちる。





 母さんからの手紙は、静かに包み込むように、その涙を受け入れ染みていった。





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