メダリオンハーツ短編集

紡芽 詩渡葉

導世記〜運命を廻すその刀、少年を世界へ導く〜

「セアーー!!  いい加減昼飯の時間よ!  降りてきな!!」


 母さんの声が小さな家に響く。

 全く、まだ寝ているというのに叩き起こそうとは、真心の欠片もない。


 我が子をもう少し休ませ……、昼飯……。


「しまっ……!!」


 慌てて跳ね起きる。


 今日は月に一度のルークス集会だ。

 ルークスの長であるラギリス・ルークス集長からのありがたいお言葉とこれからの方針や現状の収穫報告や予算目算などなど全員が集まり話し合う。


 ここまでは非常にどうでもいい。

 何せ聞いている(寝ている)だけなのだから。


 だがこれに出席してなかった場合その後一ヶ月倍以上の労働とからかいという名の蔑(さげす)みが与えられ毎日集会長の家の掃除をしなければいけない。


 というところまでを布団から飛び起き着替えて一階に降りるまでに思考し食卓につく。


 目の前にはすでにアジのフライとライス、サラダが置いてある。


「いただきますっ!!」


 焦りながら食事に手をつける。


「あら?  セア、あんた起きてたのかい」


 剣呑な声で母さんは言う。


 いつも通りホントに鈍感だな。

 そして振り返ると同時にトレードマーク(?)の薄い黄色のバンダナがふわりと舞う。


 昼食を終え急いで集会場へ向かおうと

 「先行ってるよ!」と一言言い家を出る。


 アジーアの後味が口の中にまだ残っている。

 相変わらず味付けが上手い。

 だがわざわざそんなことを言う必要もあるまい。


 後ろで家を出る母さんの姿を確認する。

 こちらももちろんわざわざ一緒に行く義理もない。


 それから1鈖(いっぷん)ほどで集会場につく。

 そこには既に集まり終えた集落の人たちで埋め尽くされていた……、まあ30人程度だが。


「これで全員かいのぅ?」

「あ、母さんがまだ来てないよ!」


 そう言うと同時に


「遅れてすまないねえ」


 そう言いながら母さんが着く。


「んだぁ〜、セア〜、お前しっかり連れてこいよ〜。置いてっちゃダメだぜ〜」


 ビーラおじさんに絡まれる。


 ここは集会場ラギリス長の家の前だ。

 みんなは草むらの上に思い思いに座っている。


「みんな集まったかの」


 コホンっ、と一つ咳払いしラギリス長のありがたぁ〜いお言葉が始まる。


「今日を以ってレピア崩壊から丁度はや15年……、このルークス集落に腰を落ち着けてはや12年。長かった道のりもようやくここまできたんじゃが、今日もいつも通りの晴天で……」


 村長が長々と話し始める。


 晴天というようにホントにいい天気だ。

 太陽の光が気持ちよく俺たちを照らす。


 今が集会でなければ大の字になって寝転びながら思想にふけるところだ。


 それにしてもレピア崩壊からもう15年か。

 早いようで長い。


 この集落にいると世界の情報が全く入ってこないがチラホラ聞くところによると色んなところで色んなことが変わっているみたいだ。


 まあ、俺には直接関係ないけど流石に2億人もの人が死んでいるのに、そんなことあったんだーなどと片付けるほど人が出来ていない訳ではない。


 話の流れでラギリス村長が黙祷の儀を唱える。


……俺は目を閉じる。

……静かだ。


 風が心地よく吹き抜ける。

 途端、物凄く眠くなってきた。


「やめい」


 の一言で他のみんなは黙祷をやめる。

 が、俺は目を瞑ったまま眠りの姿勢へと入る。

 ラギリス長は俺に気づいた様子もなく再び話し始める。



 それからどれほどたったのか、ふと目をさますとすべての話し合いが終わり……、みんなは白い目で俺を見ていた。


「あぁー、おはよう」

「セア!  あんたいつも集会はしっかり聞いてなさいと言ってるでしょ!」


 母さんに叱られる。


 周りは微笑ましいものを見るかのように笑っている。

 まあ、この集落には子供が俺しかいないから大切にしてくれているのは分かる。


 それに対してはホントに感謝している。

 何よりこの集落は居心地がいい。

 ずっと、ここにいたいと思えるほどに。

 ここは俺の居場所だ。


「セア、今宵は宴じゃ。皆の者はここの準備をするがお主はミレノアの家の地下室から酒樽を5つほど持ってくるんじゃ。言っとくがこれは眠りこけておったお主への罰じゃからな。」


 と言いながらラギリス集長は家へと入っていく。


 準備は全て集落の人たちに任せるようだ。

 だが久々の宴だ。


「今夜も、楽しくなるといいな」








 コンコンコン、と軽快な音を立てながら地下の酒樽部屋へと降りる。


 そこは10畳間ほどのスペースで所狭しと酒樽が敷き詰められている。

 これを持って上がるのはなかなか困難を極める。


「ま、仕方ないっかー」


 声に出しながらなんとなく奥へ行く、敷き詰められているとはいっても人1人が通れるほどの道はあるし所々隙間もある。

 そしてパッと目に入った酒樽を持ち上げようとする。



――そう、俺は気づいてなかったのだ。たった一つの酒樽。

 これによって俺の人生が大きく変わる、いや、変えられることを。

 知らなったのだ、これは偶然ではなく初めから導かれていたのだと――



 そして酒樽を手に取り、想定していた重さに見合う力で持ち上げる……が、


「あれっ?」


 という拍子抜けな声と一緒に軽々……、ほどでもないがスッと持ち上がる。


 軽い……、どうしてだろうか。

 そして恐る恐る、その酒樽を開ける。


 そこには一本の剣が入っていた。

 漆黒の鞘に収められたそれは鈍くも煌煌と輝いている。


 そして無意識のうちにそれを手に取り、


「か、かっけぇ……」


 しばし放心状態になる。


 なぜだろうか、これは。

 まるで隠されていたかのような……、そして俺は思考にふける。

 これは何の剣なのか。


 母さんの宝物? それとも伝来宝刀的な剣?それとも……。


「父さん?」


 おそらく俺の人生で口にしたことのないであろうその単語を呟く。


 父さんのことは、顔も名前も何も知らない。

 母さんに聞いてもなにも答えてくれない。

 親、というのが父、母の2人で形成されているということを最近知ったほどだ。


 だけど、もしも父さんが死んでいたとして、その父さんの形見を母さんが大切に持っていたとしたら……? ありえる。

 というより一番納得する話だ。辻褄も合うし筋も通っている。


「父さんの形見……」


 なんだかこの剣が猛烈に欲しくなってきた。


 父さんはこの剣を使って戦っていたのだろうか。

 その妄想を自分に重ねる。

……カッコいい。


 振りたい、握り戦いたい。

 その意志がどんどん強くなってくる。


 そしてその剣を手に取り、


「はぁぁっ!」


 それっぽく雄叫びを発しながら剣を抜刀する!!


「あれ? って痛っ!」


 カンッと剣が地面に落ちる。

……重い。

 自分の力では握れない。


「クッソー!! もういっか……」

「セア……!?」


 そこには母さんが立っていた。


 持っていた、おそらく差し入れであろうアルプパイをその場に落とし、口を半開きにしている。


「あんた……。その刀……、どうして……」

「これ??  さっき見つけたんだ!  カッコいいでしょ?!  これきっと父さんのだよ! だってそんな感じがするもん!  これ使って戦ってみたいんだけど重くってさー。そうだこれ俺にくれ……、よ……、あれ?母さん?」


 立ち尽くしていた。

 その目は恐怖と失望、そして何故だろう。

 無心の喪失感が滲み出ているような……。


「……戻しなさい」

「え?」

「戻しなさいと言ってるでしょ!」


 いきなり怒鳴る。

 こんな母さん初めて見る。


「でもだって……、俺これ欲しいよ! カッコいいし、何より父さんと……」

「そんなこと関係ないの! いいから戻して! それから……」


 母さんは、どこか悲しそうな目になる。


「その刀のこと……、見なかったことにして」

「……なんでだよ。どうしてそんなこというの? そんなに危ないの? こんなので怪我なんてしないよっ!」

「これは、あなたが持つものではないわ」

「だから何でって」



 パンっ!!



 頰に痛みが走る。

 母さんの掌がすぐ右側に見える。


 俺は、打(ぶ)たれたのか。


 胸から熱いものがこみあげる。

 普段怒ることのない母さんが理由もなく自分の言動を理不尽に否定する。


 込み上げてくるものは目頭へと伝わり、溢れる。


「そ、んな……。言わなくたっていい……、だろ、あ、俺はただ。使いた……、かっ」


 言葉が続かない。


 いつも優しい母さんが初めて俺に怒鳴り暴力を与えた。

 何が悪いのか分からない。


「今は……、その刀のことは忘れて……。どうしても無理なら……、あなたが大人になったら……」

 

 途切れそうな声でそう言い階段を昇る。母さんは少し泣いていたような気がした。




 その日の夜。

 集落では豪華な宴が催された。

 人数は少ないものの会話が飛び交い、酒に食べ物がそこらを行ったり来たりしている。


 だけど俺はどうしても楽しめなかった。

 あの剣のことが忘れられない。

 あの剣で戦いたい。



――そこには英雄に憧れる少年の姿があった。世界を知らぬ純粋な少年の姿が。

 その剣、いやその刀がどれほどの重みを背負うことになるのか。

 少年はまだ理解するよしもなかったのだ――



 ふと、脳裏に数週間前のある人物との会話を思い出す。

 国軍の兵士として活躍した人のことを。

 それを思い出した途端俺は飛び上がり走り出した。


 そして、その人の目の前に行く。

 その人は驚いた顔をするも俺の顔を見て真剣な表情になる。




「……シザンさん、俺に……。俺に、剣を教えて下さい……!!」





――ここから15年前のレピア崩壊を機に止まった少年の運命が一本の刀に導かれ、再び廻りだした――


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