第三話 本日のお天気は曇り時々雨、雪、霰、雹、雷なりー!


 ※



「というわけで、本日の天候は大荒れになる。この数か月は比較的ずっと穏やかな天気に恵まれていたからな。急激な変化であった為に、物資の調達や使用人、家畜等々の避難が間に合っていない。今後、更に天候の悪化が予想される為に早急な対応が必要と考えられる。その為に、客人ではあるが……お前たちにも助力を求めたい。無論、後程謝礼金は用意する」


 朝食を手早く済ませた後。シェーラとリインの二人に連れられて、オリガとメノウの二人はジルの執務室へとやって来た。壁には埋め込み式の本棚に一杯の書物――小説などの娯楽ものではなく、地図や歴史書などの資料のようだ――があり、大きな窓を配するようにして配置された大きな机にジルが居た。

 昨夜のことを覚えているのか、いないのか。ウトウトと眠そうな表情からは全く読み取れない。そんな彼に、苦々しい表情をしていながらサギリが立つ。


「昨夜から引き続き、雑用の手伝いを頼んで悪いな。何分人手が足りなくて……全く、あのジジイ……こほん、あの人はどこで何をしているんだか。行き倒れているのなら一報を寄越せば良いのに、少しはリインの真面目さを見習って欲しいものだ」

「失礼ながらサギリ様、行き倒れていたら一報を寄越すどころか文字すら書けないかと」

「リイン……問題は、そこでは無いと思うぞ」


 相当腹が立っているのか、苛立ちを露にするサギリ。そんな彼を宥めるリインに、ふわふわと大きな欠伸をするジル。

 何とものんびりした雰囲気だ。窓の向こう側以外は。


「ま、まあとにかく。今日は出来るだけ外出は控えるように。何せ、本日の天気は雨時々雪、霰に雹、雷。暴風雪波浪、竜巻などあらゆる気象警報が出ているからな」

「いやん、魔界のお天気って欲張りさんねぇ。ボクちゃんみたいに小さかったら、すぐに飛ばされちゃうんじゃない?」

「ボクちゃん言うな! ……ところで、さっきから勇者が妙に静かなようだが」


 大丈夫か? サギリの声に、ジルを含めた全員がオリガの方を向いた。うぐぐ、何でこんな時に限って。ちびっ子大臣め、昨日までならば出来るだけ関わろうとせずに目を逸らしたりスルーしたりしていた癖に。

 何、好きなのあたしのこと?


「……別に、何でもない」

「そうか? 少し顔色が悪いようだが――」

「もう、ボクちゃんったら……女子には何かとデリケートな時期があるのよん? 特に、こういう日には色々と……ね?」

「え、ええ!? まさか、この勇者にそんな……!」


 信じられないと言わんばかりに、手で口を覆い大きく目を見開くサギリ。おい、何だその失礼な反応は。

 それと、メノウ。ジルの前でそんな生々しい誤解を生むようなフォローは止めなさい。


「……慣れない魔界で、疲れが出たのかもしれないな。オリガ、体調が悪いのなら部屋で休んで貰っていても構わないが――」

「な、何でもない! 大丈夫だから!!」


 気遣うジルを遮るようにして、オリガが叫ぶ。メノウが言う理由とは全然違うものの……確かに、今日はオリガの調子は良くない。ここが人間界だったならば、何もしないで部屋に引きこもって布団を被ってやり過ごしたいくらいだ。

 でも、ジルの前でそんな情けないところを見せるわけにはいかない!


「それで、チビ大臣! あたしとメノウは何をすれば良いの!?」

「ええ? あ、えっと……この天候で体調を崩す者や、怪我をする者が増えている。なので、倉庫にある医療物資を医務室の方に運んで欲しい。量が多いのと、倉庫は少し離れているからな……シェーラ一人では少し厳しい」

「そうなのー、もう一人だけでもお手伝いしてくれたら嬉しいなーって思って」

「それから、実は調理人が一人と兵士が一人行方不明になっていてな。聞くところによると、調理人は昨夜兵士に同行を頼んで、夜の間だけ採取可能なキノコを採りに黒の森に行ったきりだそうだ」


 サギリの話によると、黒の森には資源が多く採取に行く者が多く居るらしい。その際には、必ず兵士が同行するように決められているものの。今の天候で身動きが取れなくなっている可能性が高い。

 早急に見つけ出してやらなければ、手遅れになってしまうかもしれない。


「黒の森には魔物が居る。この天候だからな、巣から出てくることは無いだろうが……二人の捜索はリインに任せる。それから、勇者……お前にも助力を求めたいんだが」

「わかった。その二人を探して連れ帰ってくれば良いんでしょ? ふふん、楽勝じゃない」

「……ねえ、ボクちゃん。ワタシ、昨日森を歩いたから大体の道は覚えているわよ? ワタシが行った方が良いんじゃない?」


 サギリの指示に、メノウが不服を唱える。そんな相棒の肩をぽんと叩いて、オリガは首を振った。


「メノウの銃は、雨の中じゃ使えないでしょ? それに、行方不明の人達が怪我して動けなくなっていたら肩を貸したり背負ったりしなきゃいけないかもだし……体力ならあたしの方があるから、大丈夫!」

「オリガ、でも――」

「リイン! そうと決まったら、早く行こう! これから天気がもっと酷くなるんでしょう? 急がなきゃ!」

「え、ああ……そうですね。それではオリガ殿、行きましょう!」


 オリガの勢いに押されて、リインが頷いた。これ以上メノウに何か言われてしまえば、決意が緩いでしまうかもしれない。


「ちょっと、オリガ! ……もう、相変わらず強情な子なんだから」


 オリガは勢いに身を任せ、リインと共にジルの書斎を後にした。メノウの呼び止める声が、扉越しに聞こえてきた。

 ごめんね、メノウ。彼女の気遣いをないがしろににしたことに心苦しく思いつつ、オリガは黒の森へと向かった。


 だから、オリガは知らない。


「…………」

「陛下、どうされました?」

「いや……何でも無い。ただ、少し……気になった」

  

 今まで船を漕いでいた筈のジルが、絵画のように美しい憂いの表情で、逃げるように出て居ったオリガの背中を見つめていたことを。


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