第131話 使者
さて、下手にこれ以上長居をするとどんなボロがでるかわからなかったので、明日には引き上げることにする。
甘利にそのことを伝えると甘利も当然1も2もなく同意した。
当たり前だ、下手に巻き添えをくらえば商売のタネがなくなりかねないわけだから。
甘利は難しい顔をしている。
今回俺たちが変なことをしでかしたせいで、目をつけられてしまったが、その結果、桝屋という大店との接点をもつことができたのだから、収支計算でもしているのであろう。
おそらく、ここで俺たちが捕まっては負だが、捕まらなければ正だとでも考えているのだろう。
そんなことを思っていると、宿屋の主人から俺に客だという知らせが入った。
誰かと思って会いに行くと、須走だった。
よほどのことがない限り、彼がここに来ることはないはずだ、何か火急の用が発生したのであろうか。
とりあえず、ここでは話もできないので、部屋に案内する。
須走は当初平静を装っていたが、俺の部屋に入ると、急に肩で息をし始めた。
やはりただごとではない。かなり無理をして走ってきたのがわかる。
須走ほどのものがここにまでになるとは、いったい何があったのであろうか。
何があったのかすぐに確認したいが、普段は屋根裏から近づく須走が、わざわざ正面玄関から俺に会いに来たのが気になって、まずそこを聞いてみる。
すると「若の宿はあらかじめ把握しておりましたが、近くにどうやら不審な者が数名徘徊していましたので、念をいれて、正面から来ました。」という。
ここいらはさすがだ、俺の泊まっている宿に忍びのものが近づけば俺もただではすむまい。
何があったか聞くと「謀反です。」と答える。
皆に緊張が走る。
無理やり冷静さを装って、「詳しく話せ。」というと、若家老 片桐慎介が庭先に出かけたすきをついて、次席家老の伊藤上総が謀反を起こし、筆頭家老の板倉泰然を拘束したという。
確かに一大事だが、これだけ聞くとどうも大したことのないように思える。
上総を処罰すればよいだけだけだからだ。
いくら、次席家老とは言え、彼に付き従うものがそんなにいるとは思えない。
おそらく、俺が領主になったら、慎介に次席家老の地位を奪われるとでも思って、そうなる前にやけくその行動にでたのであろう。
確かに一大事には違いないが、「ま、何とかなるか。」等と考えていると、須走がどうも何かを言いにくそうにしている。
「ほかに何かあるのか!まさか両親の身になにかあったか?」という言葉が思わず口をつく。
すると「2人ともご無事です。」という答えが返ってくる。
「ですが、・・・」とまだしても要領の得ないことを言いかける。
「ですが、何だ!」と聞くと、しばらく戸惑った後で、「実は、奥方様も伊東様を支持しておられます。」と言ってきた。
一瞬須走が何を言っているのかわからず、「伊藤様」などと様をつける必要がないと変なつっこみを入れようとしたほどだ。
これには聞いている者に先ほど以上の動揺を走らせた。
ただ、その時俺はどことなく他人事のように、「なるほど母上は俺ではなくなく弟殿を時期領主に据えるつもりか。」などと考えていた。
確かにそれなら一大事だ、あの優柔不断な父親なら母上に押し切られれば、どういう発言をするかわからない。
そうなると俺の次期領主といった正当性など瞬く間に霧散してしまだろう。
ただ、須走によると今回はこの優柔不断さがいかんなく発揮されており、父親は未だに誰を次期領主にするか決めかねているという。
信義も小夜もかなりうろたえている。
こうしてみると十蔵を連れてこなかったことが悔やまれるが、彼のことだから、伸介と一緒に庭先でいろいろやっててくれるだろう。
そう思うと、これはかえって十蔵を連れてこなくて良かったのかもしれないとも考えた。
ただ、なんにしてもすぐに帰国しなければならないのは間違いない。
どのみち、明日にはここを引き払うつもりだったから問題ないが、監視されている身としては、馬に乗れないのがつらい。
下手に馬に乗って怪しまれて、身柄を拘束されてしまえば身もふたもないからだ。
とりあえず、須走には疲れているところ申し訳ないが、国境付近で馬を用意させることとした。
こうなれば、多少無理でも山越えを馬で行うしかない。何にしろやっかいなことになったのは間違いない。
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