第116話 藤五郎

 手前の名は河津屋藤五郎、水穂で先祖代々商人をしております。

 一時期、水穂が三川の属国の様にされていたことがありましたが、あの時期は最悪でした。

 かなりの重税がかけられ、国内から相当量の米が三川にもっていかれたため、領内では、皆余裕がなくものが売れなくて、本当に難儀しました。


 その際、知り合いの商人は皆これからは三川だと、三川商人と繋がりを持とうと必死でした。

 ただ、こっちが必死になればなるほど、相手からは足元を見られるわけで、結果ひどい目に会っている様を見ると、何とも言えない気持ちになりました。

 そこで、手前は人様とは逆の隠岐に目を向けました。


 確かに隠岐の場合関所があり、最初の手続きというか、審査はかなり面倒でしたが、それさえ通ってしまえば後は楽でした。

 ただ、隠岐は流石に「商人の国」と言われるだけのことはあり、皆が海千山千で、彼らを相手にしての商売は常に真剣勝負、まさに気が抜けないという状態でした。

 ただ、それでもそれなりのもうけを出すことができました。


 このまま水穂が三川の属国であり続けるのなら、将来性もないので、何度か、このまま隠岐に本拠地を移してしまおうかと思ったことがありました。

 ただ、やはりせっかく水穂で長年に渡って培った信用を捨てる気にはなりませんでした。

 それに、隠岐で、百戦錬磨の商人を相手に必ず勝ちぬけるという自信もありませんでした。


 そんな時、水穂が解放されました。

 私にしてみれば青天の霹靂です。「まさかそんなことが可能になるとは。」というのが本心でした。

 それも、まだ若い次期領主がやってのけたと聞いて、びっくりすると共に、この若者に多大な興味を覚えました。

 ただ、同時にその若者が三川に傾斜していると聞いて、三川に煮え湯を飲まされた知り合いの商人のことが思いだされました。


 それに手前にしてみれば、三川如きというのが本音です。

 三川の人は所詮は隠岐を知らないから、威張っていられる「井の中の蛙」にしか見えません。

 特に最近隠岐が力を入れている鉄砲の威力はかなりのものがあります。あれがあれば戦術そのものが変わってくるかもしれません。

 そうしたことも知らずに、もし、次期領主が単に三川に傾斜するだけならそこまでの人でしょう。

 手前にしてみれば、隠岐とやりあえるかどうか、これが大事なところです。


 そんなある日、若家老の片桐慎介様から若様が隠岐に行きたがっているから、その手助けをするように命じられました。

 願っていもない機会が来たと内心うれしくて仕方がありませんが、それは顔にはだしません。

 せっかくなので、同行されていただき、近くでどんな御方かじっくりと拝見させてもらうことにしました。


 隠岐に入る時には関所に、隠岐に入ると鉄砲にかなりの興味をお持ちのようです。

 ここまでは合格でしょう。

 ただ、海千山千の隠岐の商人とやりあえるかどうかというと少し疑問なので、試験をしてみることにしました。


 鉄砲職人を何とか手に入れたいというので、調略できる可能性あることをほのめかしてみたところ、当然の如くのってきました。

 そして、職人を水穂に連れ出したいとおっしゃいます。

 しかし、手前がこの情報を手に入れるためにどれだけの金と手間暇をかけたか、そう思ったら、ここで少し試してみたく思いました。

 若様に、「手前の連れとして隠岐から連れ出すつもりだと」馬鹿な提案をしてみたのです。


 ここで、それをすんなり了承するようなら、そこまでのお方です。

 付き合いはここまでにさせてもらいましょう。情報を渡すつもりもありません。

 しかし、流石にそこは簡単に提案を否定してきました。

 ただ、問題はここからです。

 手前の提案を否定するだけなら、それほど難しくありませんが、自分でこの難題をとけるか。これを試してみたかったのです。


 結果、時間はかかりましたが、「浮浪者」というそれなりに満足のいく答えを出してもらうことができました。

 合格です。

 そうなると、今後はこの若様と何としてもより広いつながりが欲しくてたまりません。

 手前も切り札、幼いころからこうした日のために手間暇をかけて実の娘の様に育てあげた雅を差し出すことにしました。


 幸い、若様は雅のことが気に入った様子。

 これなら、これからも長く良いお付き合いができそうです。

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