第110話 商売

 隠岐で何と言ってもびっくりしたのが、道行く人の多さだ。

 そして皆が忙しそうに歩いている。

 歩く速さが全く水穂とは異なる。

 藤五郎に隠岐で一番栄えているところを案内してもらう。案内された場所は広場でそこから広い道が8本東西南北(他に北東、北西、南東、南西)に出ているところだった。


 俺にとって都市とは、中心に城があり、その周りに城を守る武士が生活するという形が当たり前だった。

 実際、三川は言うに及ばず、あの東郷でも城が中心で、それを如何に守るかという発想から都市が建設されていた。

 そういう意味では、都市そのものが武士を中心に回っていると言って良かった。

 結果、一番便利なところ(城の近く)は武士が住むのが当たり前という認識だった。


 ところが隠岐では、そこからして異なっている。

 一番の中心と言われたところは広場になっており、基本的に何もない。

 街が城を中心作られていないのだ。

 ただ、そこでは、ものすごい数の人が行き来をしており、かなりの人が集まって何か見ている。


 藤五郎に彼らが何をしているのか聞くと、国からの通達事項や商売上での規則の改正があった場合、それが張り出されるとのことであった。

 その周りには個人での商売上での連絡事項が一定の金額を払えば公告できるようになっているとも教えてくれた。


 また、広場の一部は荷ほどきをする場所になっている様だ。

 これを見ると隠岐は本当に商人が中心なってつくられている国ということが良くわかる。 

 東郷などで散々驚かされたので、今回こそはびっくりしないと思っていたし、そのために事前に藤五郎を訪問し、ある程度の情報を仕入れてきた。


 しかし、城が中心ではないというのはやはり度肝を抜かされた。

 それに道が広い、これだけ広いと敵は大軍で攻め込むことができることになる。

 結果、ここまで攻め込まれたら、隠岐は終わりということになるのだろう。

 そう考えると立派な関所というのも理解できる。


 おそらく、敵(三川になるのだろう)が攻めてきた場合、あの関所で一番最初に戦うことになるのであろう。確かに、関所の周りの道はかなり狭かった。

 そんなことを考えていると、関所を過ぎてからも、この中心部に来るまでに、出城の様なものがいくつかあったののをを思いだす。


 おそらく関所が破られたら次はあの出城を拠点に敵を迎え撃つのだろう。

 関所にばかり関心があったせいか、関所を抜けたことで、気が抜けてしまったため、出城をロクに注意していなかったのが悔やまれる。

 確か2つはあったと思ったが、記憶がはっきりしない。


 ふと、後ろにいる十蔵にここに来るまで出城はいくつあったか聞いてみる。

 すると「3つありました。」と答えてくる。

 2つではなかったのかと聞くと、「関所の裏に1つと、ここに来るまでの道沿いの2つの合計3つです。」と続ける。


 「関所の裏にも1つ」言われてみれば、関所にはそれなりの兵を配置しなくてはならないだから、当たり前だが、完全に気が付かなかった。

 関心が密入国や隠岐に入る際の荷物検査の方にいってしまったためだろう。

 関所はしっかり見ていたつもりだったのに、情けない限りだ。


 また落ち込んでもどうしようもないので、気を取り直して、街の様子を見る。

 本当に商家ばかりだ。

 それに店構えが大きい。客がひっきりなしに訪れ、店の者が対応に追われている。

 大きいところでは道から見えるだけで、従業員が10人ほどもいる。確かにこれなら、かなりの数の労働力が必要だ。


 それと気になったのが食事処が異様に多い。

 水穂などでは数えるほどしかなかったが、ここでは至る所から良いにおいがしてくる。

 藤五郎に聞くと、「隠岐では大きな店では従業員が揃って食事をしますが、それ以外にも職人や藤五郎のようによそから来たものが多いので、それらを当てにして、食事を提供する店はかなりの数があるのです。」と教えてくれた。


 「少し早いが入ってみましょう。」と言われて中に入ると、びっくりしたことに武士もそこで食事をとっている。

 武士は城勤めなので、基本的に弁当持参というのが俺の常識だったので、又してもびっくりしてしまった。

 藤五郎は最初何を驚いているのかという感じだったが、「あー。」というと、「お武家様も近くにこれだけ食事ができるところがあれば、冷たい弁当より、温かいものを食べたくなるものです。」と小声でささやいてくれた。


 今回、隠岐に来て、本当に思い知らされたのが、俺は何だかんだいって武士の目でしか物事を見ていなかったということだった。

 これをなおさないと、明らかにここでは悪目立ちをしてしまうと思い反省した。

 そのくせ、出城の数を確認し忘れるなど、武士として最低のことをやってしまったわけで、かなり落ち込んでいたというのが本当のところであった。

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