第106話 静殿6
茜は更に私と一緒に巡回している者の中からも本当に覚悟がある者は、武士として取り立ててくれるという。
ただ、確かに覚悟は必要だ。戦に行くということは、そこで死ぬかもしれないし、女ならではの辱しめもうけることもあるかもしれない。
結婚も諦めなくてはならないだろう。
俸禄をもらう以上は、今までの巡回とは全く異なる。何人がついて来たいと思うかすらわからない。
仮に本人が希望しても能力的に不可ということもあるだろう。
いずれにしても並大抵のことではないと気持ちを引き締める。
それにしても何故茜はこれほどまでに私のことを気にかけてくれるのだろう。不思議だ。
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「何故あそこまで静殿のことを気にかけるのですか?」と小夜が俺に聞いてきた。
確かに小夜にしてみれば、俺がこれだけ一人の女性のためにいろいろ気を使っているのが不思議なのだろう。
まあ、表向きの理由はまだ結婚する気がないからだ。
正直今回の見合いはかなり危なかった。克二に良いようにやられてしまった感があるが、こちらから断るのが難しい以上、あちらに断らせるしかない。
しかし家臣ともあろうものが、領主が持ってきた話を断ることは普通あり得ない。
となれば、それなりの対価を用意しなくてはならない。
と、適当なことを言っておく。
本当のところは、俺は一芸に秀でた者が好きと言うことだろうか。
克二から秋山家ゆかりの者の引き取りの話があった際に受けたのも、信義がいたからだと今更ながらに思う。
小夜が「武士になりたい。」と言ってきたとき、それをかなえてやりたいと思ったのも、小夜を手元に置いておきたいと思ったからだ。
咲を見た時も、あの豪胆さに惚れ込み、何としても手に入れたいと思ってしまった。
今回の静殿にしても、信義があれほど評価する者をほおっておく手はないと思ったのが最初の理由だった。
ただ、それ以上に見合いの場で、泣き出した彼女を見て、同情してしまったというのもあっただろう。
信義が認めるまでの剣の腕に達するまでに、どれだけ苦労してきたか。
なおかつ、それほどの能力がありながら、女というだけで、どれだけ辛い思いをしてきたか、彼女の涙を見た時に、何となく解ってしまったというのが本心だろう。
しかし、これは照れ臭いから何があろうとも言う気はない。
俺の場合も水穂という弱小国のために苦労してきた。
しかし、これは水穂に実力がないからであり、ある意味自業自得だ。
ただ、静殿の場合、努力をしても才能があっても、いや逆に才能があり、努力しすぎたが故に、いろいろ悩み苦労しなくてはならなかったのだ。
この理不尽さ。これは本当につらかったと思う。
では彼女は努力しなければ良かったのか。そんなはずはない。
努力をしてもだめ、努力をしなくてもだめ、だったら彼女は何をすればよかったのか。
そうした状況が何となく見えてしまったが故に俺は彼女を助けたかった。
むろん、先に言ったように、彼女の方から見合いを断ってもらうという意図もなかったとは言わない。
もし三川が女の武士を認めていれば、俺は彼女に何もできなかった。
ま、もともと彼女が武士になれていれば、ここまで苦悩する必要もなかったわけだが。
しかし、彼女は武士ではなかったのだから、そうした一介の者を俺が登用しようが、何の問題もない。
一応克二には、見合いの顛末を報告する傍ら、静殿を登用することについては、一言ことわっておいたが、彼からは案の定特に何もなかった。
ただ、「変なものばかり集めたがるな。」と言われてしまった。
静殿の仲間は10人ほどと聞いていたが、実際武士になりたいと言ってきたのは、3人だけだった。
俺はこれでも多い方だと思っている。
武士になれば俸禄がもらえると言っても、命の危険はあるし、生まれ故郷を離れなければならない。
それに、何だかんだ言って好奇な目で見られることは多いだろうから、結婚もどうなるかわからない。
間違いなく「普通」と言われる女性の道とは違う道を歩むことになる。となれば、それだけの覚悟が必要だ。
実際、応募した3人のうち2人は剣術もそれなりの腕だったが、残り1人は少し難があった。
その者の名は河合楓といった。
俺は当初彼女を登用するつもりはなかったが、「何としても武士になりたい。」と俺の目を見てはっきり言い切ったその根性が気にいったので、登用することにした。
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