第104話 静殿4

 私に何を選べというのか、突然こいつは何を言い出すのかとしか思えなかった。

 すると「水穂領主の正妻となれば、家臣が戦に出るのは当然反対するでしょうから。1つ目の選択は俺の妻となって城の奥深くで、今日のように着飾って生活することです。」と言ってきた。

 それ以外、私に何の道があるというのか、今日だって着たくもない衣装を無理やり着せられ、見ず知らずの男と見合いをさせられている。

 しかし、これに応じなければ私は生きていく場所すらないのだ。それ以外に何の道があるというのだ。


 一呼吸おいて「もう1つが武士として、水穂に仕官し、私を助けてくれることです。」と茜は言ってきた。

 当初、何をいっているのか全くわからなかった。

 「何を考えているのだ、この茜という馬鹿は。女が武士になれるわけがないではないか。」としか思えなかった。

 でも、次の瞬間ふと思った「こいつは次期領主だ、もしかしてこいつのうんと言えば・・・それで可能なのでは・・・。」


 どうやら私の疑問が顔に出ていたようだ。

 茜は「すでに水穂では数名の女性の武士がおります。そのうち一名は既にお会いしたはずです。名前は小夜と言います。」と言ってきた。

 小夜、では本当のあの時の娘御は本当に武士で、私に嘘を言ったわけではなかったのか。それなのに、私は途中で席を立つなど、何と失礼なことをしてしまったのだろう。

 そんなことを思うと、いろいろなことが頭の中をぐるぐる回ってよくわからなくなってきた。

 顔もかなり真っ赤になっていたのではなかろうか。


 何か茜ばかり余裕をもって私を見ているのが気に食わない。

 「でも、何故小夜のことをこの人は知っているのだ。小夜は水穂の・・・。もしかして・・・。」と思った瞬間。

 「小夜はあなたが・・・」と声に出していた。

 すると茜は黙って頷いてきた。

 「なるほど、それなら私のことをいろいろ知っていてもおかしくはない。」そう思うと大分落ち着いてきた。

 「先手は取れられてしまった感じだが、ここからだ。」とも思えてきた。


 茜の顔を正面から見て聞く。「本当に武士にしてくださることが可能なのですか?俸禄ももらえるのですか?」

 すると茜は「武士になるのだから当然です。ただ、俸禄については、身分の問題もありますし、他との兼ね合いもありますので、詳細は後日とさせて下さい。」と言ってきた。

 「身分とは、どういうことですか。」思わず聞いてしまった。

 すると茜は「静殿の能力次第では、侍大将にもと考えておりますが、そうなると私の一存ではさすがに決めかねますので、・・・」と言ってきた。


 「侍大将!」女子の身で武士になるだけでもすごいことなのに、更に侍大将だと、私は何を言っているのか全く理解できなかった。実際、兄上でさえ、まだ侍大将にはなれていない。

 すると茜は「現に、庭先の前領主荒井藤吾が娘、荒井咲は既に侍大将として立派に責務を果たしております。」と言ってきた。

 益々理解できない。そんなことがあるのか、それに何故この茜は私にこんなにおいしい提案をしてくるのか。


 そこで「既に女子の身で侍大将になっているものがいるのですか。それにしても、何故それほど私のことをかってくれるのですか。」と聞いてみた。

 「簡単なことです。信義から静殿の実力を聞いているからです。」と言ってきた。

 信義、信義、誰だ。そしてふと思いあたったのは、加藤家の信義。そういえば水穂に落ち延びたと聞いている。

 何となくすべてつながってきた。


 ただ、あまりにも話が素晴らしすぎて、信じることができない。

 でも、「本当なら。本当なら。」という思いが胸を何度もよぎる。

 「茜様、本当なのですが、私が武士になれるというのは。」思わず詰め寄ってしまった。

 すると相手は冷静に「もしそう望まれるのなら、それは約束しましょう。ただし、最初に言ったように私の妻になるなら、無理です。」と言ってきた。


 武士になれるのなら、本当に武士になって私の居場所ができるのなら、そして誰にも気兼ねすることなく、自分の修行の成果を発揮できるのならそれ以上のことはない。

 「私を武士にしてください。縁談は断らせて下さい。」と叫んでいた。

 後悔はない。私のなりたかったのは武士だ。私は自分がしてきた修行の成果を無駄にはしたくない。あれだけ頑張ってきた修行を誰にも否定されたくはない。


 もしかしたら、私は泣いていたのかもしれない。

 だって、だめだと諦めかけていたものが手に入るのかもしれないのだから。

 「武士になれば、認めてもらえるかもしれない。」そう思うだけで私は嬉しくてたまらなかった。

 そうだ、私は誰かに気兼ねすることなく自分の実力を発揮したかったのだ、実力(ここまで頑張った努力)を誰かに認めてもらいたかったのだ。

 そして、そうしていても良いという居場所がほしかったのだ。


 私は、やっと自分が何を望んでいるのかわかった様な気がした。

 そしてそれが手に入るかもしれないと思うと、もう涙が止まらなくなってしまった。

 後で、母上には「おしろいが・・・」と言われるかもしれない。

 「それでも良い。私はずっと、我慢してきたのだから。」と思ったら益々涙が止まらなくなってしまった。

 しかし、不思議なことに、涙が流れれば流れるほど、心がすっきりするような気分になった。

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