第102話 静殿2

 私の名は佐々木静。剣術指南役は輩出している佐々木家の長女として産まれた。

 年子の兄との二人兄弟だ。

 兄はゆくゆくは、剣術指南役となるべく、私の物心ついたころから、いつも剣の修行をしていた。

 私も側でその真似をしていたら、母上は反対したが、父上が面白がって兄上と一緒に学ぶことを許可してくれた。


 剣術の修行は楽しかった。

 何より上手く剣が振るえると、あの気難しい父上が本当に嬉しそうに誉めてくれるのが、嬉しかった。

 兄上も誉めてくれた。

 兄上はいつも修行ばかりしていたため、剣術の修行をしている時くらいしか接点がなかった。

 私は将来剣術指南役になるという目的をもった格好の良い兄上が大好きだったので、相手をしてもらうために必死だった。


 父上と兄上に誉めてもらえるのが本当に嬉しくて、本当に頑張った。

 手のひらの豆はいくつ潰したかわからない。

 摺り足の反復練習も何度したかわからない。

 それでも、私は誉めてもらえるなら、それだけで幸せだった。

 それがおかしくなったのは、13歳の時だった。


 朝、兄上と父上との三人で道場で修行をしていた時、急に父上が私達に試合を命じた。

 その日、私は朝から体が軽く、かなり調子が良かったことを覚えている。

 結果、生まれて始めて兄上から一本をとることができた。

 改心の一本だった。父上も兄上も私のことを誉めてくれると思っていたのに、二人とも暗い顔をして何も言わない。

 何があったのかわからず、困惑していると、父上が「今日の試合のことは他言無用。」と言ってきた。


 私はただ頷くしかなかった。

 次の日から兄上とは一緒に練習出来なくなった。

 父上も、私が見事な振りをしても誉めてくれることはなくなった。

 今なら理由も分かるが、当時はまったく意味がわからず、もう一度誉めてもらいたくて、必死で練習に励んだ。

 結果、更に父上を怒らす結果となったのだから、当時の私はやはり馬鹿だったのであろう。


 兄上は15歳で元服し、そのまま師範代となった。

 そして16歳で初陣を飾った。かなり活躍したという話を聞いた。父上も誉めていた。

 しかし私には何もなかった。師範代になることすら出来なかった。ましてや戦にでて手柄を挙げることなど夢のまた夢の話であった。

 私は悩んだ。だったら何のために私は修行をしてきたのであろう。


 あれだけ毎日頑張ってきた剣の修行が無駄だったとは思いたくない。

 しかしそれを発揮する場がない。

 どこかにそうした場所がないかと思って街を歩いていると、女の人が酔っ払いに絡まれている。

 軽くいなして助けてやった。すると本当に感謝された。

 久しぶりに誉められてうれしくなってしまうと同時に「これだ」と思った。


 街の中とはいえ、女性はいろいろ嫌な思いをすることが多い。

 彼女たちを救ってあげよう。

 そして治安もよくなるのならこれは国のためにもなる。

 武士になれない私でも、こうした活動をしていけば、誰かが認めてくれる。父上もいつかきっともう一度誉めてくれる、そう思っていた。


 そして私に賛同してくれる人も出てきて、仲間もできた。

 さすがに男性を仲間にするのはどうかと思われたので、女性だけの集団とした。

 今では何人かで輪番をつくって、街の巡回もしている。

 制服のような形で服の色も統一した。私たちの活動もそれなりに大きくなってきたと思う。

 しかし、父上は一向に私も認めてくれない。

 それどころか「今すぐ止めろ!」とまで言ってくる。


 思わず意地になって、「だったら、私を師範代にしてください。」と言ってしまった。

 すると、父上の顔が曇る。私はそんなことを言いたかったわけじゃない。父上のそんな顔を見たかったわけじゃない。

 もう一度、笑って私を誉めてもらいたい。ただそれだけなのだが、うまくいなかい。

 母上も「このままでは嫁ぎ先もなくなってしまう。」とまで言ってくる。


 私は皆に笑ってもらいたくて頑張っているのに、何故うまくいかない、そのことだけが頭をよぎる。

 そんなある日、久しぶりに父上が機嫌よさそうに私に話かけてきた。

 何でも私に見合いの話があるという、それも領主の正妻ということらしい。

 母上と一緒に、「嫁の貰い手ないと、心配していたが、こんな良い話が舞い込んでくるとは。」と本当に嬉しそうだ。


 父上たちが喜んでくれるのは嬉しかったが、どうやらそれは私が嫁に行くことが嬉しくてたまらないということがさすがに私でもわかった。

 そんなに、私がいなくなることが嬉しいのか、そう思ったら、悲しくてたまらなくなってしまった。

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