第95話 「学校」1

 こうして俺は、又しても学校に行くことになった訳だが、三川とはまったく異なっていた。

 三川では、座学ではひたすら漢文を読むということをしていたが、東郷では、どうやらより実利を求めている様だ。

 教室では、ひたすら、ひらがなを練習している。


 「これは勝ったな。」と思っていたら、そろばんもかなり重要視されており、皆、かなりの腕前だ。

 簡単な足し算なら、俺もそれなりのことができると思っていたが、正直、引き算になると手も足も出ない。

 珠の弾きかたを見ても、皆かなりの時間、練習をしてきたことがわかる。

 確かに、この中から勘定方を選べば、間違いなく、有能な官吏を登用出来るだろう。


 言うのを忘れるところだったが、なんと言っても、一番びっくりしたのが、生徒は皆、寮で生活しているが、そこでは朝と夜に食事が出る事だ。

 一人当たりおにぎり二個と漬物といったところだが、俺がいる寮は大体百名くらいだから、かなりの量になることは間違いない。

 生徒は基本的に皆寮に入ることになると聞いていたので、寮はここだけでなく、他にもあるはずだ。


 当初俺が入った寮は、それなりの身分の者が入るもので、だからこそ、食事もでると思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。

 周りの生徒の服装を見ても、それほど良いものを着ているとは思えない。

 そこで、生徒と世間話をして、さりげなく出身を聞いてみると、皆それほど高い身分の出というわけでもなかった。

 ただ、わかったのは、東郷の学校では成績順に入れる寮が決まっており、俺が入っているのは、最も高い成績を出したものだけが入れるということだった。


 つまり、ここでも家柄ではなく、実力主義がものというわけで、如何にも東郷らしかったわけだが、俺は俺の常識で物事を判断していたことを恥じることとなった。

 従って皆、この寮に入れることを誇りに思っているようで、それは皆の言葉の端々から感じとることができた。


 その理由の1つとして、皆が挙げていたものにやはりというか食事があった。

 いくら東郷とは言え米の飯というのは、さすがに貴重で、それを毎日提供できるのはこの寮だけということだった。

 他の寮でも食事は1日2回提供されるが、どうしても質・量共におちると聞いた。ま、当然だろう。

 ただそれでも、すべての寮で(言い換えれば、すべての生徒に)食事を提供しているわけで、この話を聞いたとき程、東郷が大国であるということを身をもって自覚したことはなかったと言って良い。

 やはり、人間食べるものは一番大事だという話だ。


 後、もう1つ俺が本当に、度肝を抜かれたのが、学校では男女がともに学んでいることだ。

 確かに最初、見学に行った時にも、生徒は男女一緒にいたが、それは低学年だからだとばかり思っていた。

 ところが、ある程度大きくなっても男女が一緒に同じ教室にいる。

 男と女では要求されることが違うのではないかと思って寮の生徒に聞いてみると、彼らにとっては既にそれが当たり前であって、何が不思議なのかという顔をされた。


 念のため補足しておくと、寮は流石に男女別になっている。

 また、「武」の授業も男女別だ。

 ただ、それ以外の座学は基本的に男女ともに同じことを学んでいる。

 だったら、女も官吏として登用されるのかと聞いてみたが、全くないわけではないが、さすがに殆どないらしい。

 何でも今の領主になってから女もやっと登用されるようになったばかりと言ってきた。


 「それなら女を学ばせる意味がないのではないか?」と思わず独り言を言ってしまった。

 そしたら、「そんなことはない。女でも商売をやって成功している者がたくさんいる。」だの「小さいときからの子供の教育のためにも母親が賢いことは良いことだ。」などといろいろ言ってきた。

 ただ、これまで東郷の説明ではすべてが合理的だったが、今彼らが説明してる理由を聞いていて、今一説得力がなかった。


 どうやら、それが俺の顔に出ていたようで。

 最後に誰かが、「女子が近くにいれば華やかで楽しいではないか。」とぼそっと言ってきた。

 そしたら、皆何か思うところがあったようで、言葉にこそださないが、互いにうなずきあっているので、俺も何となくそんなものかと納得した。

 はっきり言って、十蔵に女っ気がなかったこともあったし、三川では人質生活、そのあとは如何に生き延びるかだけを考えてきたので、あまりそちらを考える余裕もなかった。


 確かに俺の場合、近くに小夜や咲がいるが、彼女たちは、大事な手ごまという感覚で、あまりそれ以外の目で見ることはなかった。

 ただ、言われてみれば確かに、女が近くにいるのは華やかかもしれないと思っていた。

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