第76話 論功
殆ど慎介に丸投げする形だったが、ほぼ一週間で新しい俸禄の原案が出来上がった。
庭先、丹呉については、後継ぎのいる者については、1/10の減額をめどにして、そのまま家の継続を認めることにしている。
ただ、かなりの家がいきなり当主を雪崩で戦死させてしまっているので、そこに、旧三川兵は以前の俸禄の1/3を目安に割りあてている。
当主が亡くなってしまい、お家断絶となってしまった家は原則、その後釜の旧三川兵が使うことになる。
かつてその家で奉公していたものも、本人が拒否しない限りその家でそのまま働けるようにしてある。
当然仕事も欲しいがかつての主人を殺した敵兵の下で働きたくないという者もいるだろうから、一応本人の意思を尊重するようにしたが、大半の者はそのまま働くことを選んだようだ。
どうしても山岳地帯で仕事が限られている以上、今の奉公先をなくすということはかなりきつい選択になるからだろう。
それに何といっても咲の影響が大きいのは間違いない。
領主の娘である彼女が率先して俺たちに協力してくれる姿勢を示してくれていることで、こうした奉公人たちもそのまま仕えてもあまり非難される雰囲気にならなかった。
やはりどうしても自分たちの隣人、主人を殺した者がそのまま居座ってというのは、頭では理解できても感情では納得できない部分があるはずだ。
これには時間をかけて解決していくしかないところもあるのであろうが、咲の行動がこうしたわだかまりを少しでもほぐしてくれている。
咲の処遇だが、俺は侍大将を考えていた。
いくら旧領主の子とはいえ、さすがに女の身でいきなり家老相当にするわけにはいかない。
かといって、一般の侍(士)分にするのもどうかと思うので、間をとってといったところであった。
ただ、そうなると俺直属とはいえ、一応領主である父親の認可を得なくてはならない。
ある程度の原案を泰然達に見せてから、領主の前で、今回の論功行賞が行われることとなった。出席者は、父親と俺のほかは、筆頭家老板倉泰然、次席家老伊藤上総、若家老片桐慎介の3人だ。
基本的には原案を主に作成した慎介が説明し、足りないところや、それぞれが見聞きした戦での功績などを出席者がそれぞれ補足する形で進んでいった。
案の定というべきか、咲のところで父親の視線がとまる。
「荒井咲、これは女ではないか。更に荒井ということは、荒井藤吾の関係者か?」と聞いてくる。
そこで俺は、藤吾の娘であること、しかしなぎなたが使え、腕の方も問題ないこと、庭先統治に積極的に協力してくれていることなどを説明した。
しかし、父親は今一煮え切らない。どうも女であることにこだわっているようだ。
それを見て、上総が「やはり女子の身でありながら、侍大将というのはどうかと思います。」と言ってきた。
これには俺もカチンときたが、慎介が「自重してください。」という感じに俺を制している。
どうしてものかと思っていると、泰然が「よろしいではないですか。彼女のおかげで庭先統治が大分うまく行っているのは確かなのですから。」と言ってきた。
これには俺も驚いた。というのは普段泰然は自分からあまり意見をいう事はなく、どちらかというと、そろそろ大勢が決するというときに、「では、これで」という感じに、最後にまとめる立場にたつことが多かったからだ。
その泰然がこう言ったのだから、父親も「それなら」ということで、咲の侍大将就任を認め、上総も引き下がるしかなかった。
評定が終わった後で、俺は泰然に、「どうして咲のことをかばってくれたか?」と確認してみた。
すると、泰然は先に述べたとおり、彼女が頑張っているからです。」と言ってきた。
そして、「水穂の兵によって殺された自分たちの同胞の死体がまだ残る中で、水穂の兵のために、馬に乗ってなぎなたを構える様、恰好ようございました。」と続けた。
砦で、信夫兵が攻めてきたとき、咲が味方してくれたことを言っているのだろう。
あの泰然がべた褒めするなど俺は見たことがなかった。
「そうか、俺も見たかった。」と応えると、何故か泰然はうれしそうに笑ってそのまま去っていってしまった。
「ま、見る人は見ていてくれるというところか。」そんな独り言が自然と出た。
実際、今回咲がいなければ、俺たちが庭先の地になじむのにはかなりの時間がかかるだろう。
そう考えれば、侍大将位くれてやらねばという気にさせられたわけだが、それもある意味泰然と同じように俺も彼女に魅了されているからかとも思うと、思わず笑みがこぼれていた。
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