第70話 庭先3

 少し躊躇する者もいたが、後ろにいた女性達も、皆それに続こうとする。

 ただ、黙ってそれを許す信義達ではない。

 小刀を払い落とすと同時に当て身をあてて気絶させる。

 他の女性も、岩影が片っ端から小刀を払い落とす。

 当たり前だが、死に対する戸惑いがみられたので、それほど問題はなかったが、一人だけ勢いよく自分の喉を刺して死のうとする者がいた。


 間一髪で、岩影の一人が体当たりをし、辛うじて、急所は外したようだが、喉から血が出ている。

 俺たちに従軍していた医者が自主的に手当てを始める。

 いつまでも、彼女たちにかまっているわけにもいかないので、城に向かうと、約束通り門が開いた。

 主だった者は俺たちの応戦に出て、雪崩の餌食になってしまったようで、城の中は基本的に老兵と女性しかいなかった。


 彼女達が、見ている前で、わざと大声で「女性に対する狼藉、領民に対する略奪等は厳禁。」と伝える。

 更に「それを破ったものは、身分に関わらず、打ち首。」とまで付け加えた。

 旧三川兵にしてみれば、ここが自分たちの新しい領地になるのだから、無茶をするはずがないのだが、庭先の人たちはそんなことは知るはずがないから、わざと聞こえるように宣言したわけだ。

 明らかに場内に安堵が広がるのが感じられる。


 俺たちは、城にあった武器の接種、城内及び集落の把握で忙しく動きまわっていた。

 先程、信義とやりあった女性のことについて城内にいた者に聞くと、城主荒井藤吾の娘、荒井咲であることがわかった。

 何でも、彼女は小さい頃から、なぎなたにかけては並々ならぬ才能があり、庭先国内では、男でも彼女に勝てる者はそう多くないので、それに一縷の望をかけたということだった。


 そうであれば余計に死んでもらっては困るので、監視が必用となる。

 いつもの癖で、「小夜!」と叫んだ後、何を馬鹿なことをしているのだと頭をふると、「此処に。」という声が聞こえて、間違いなく小夜が目の前に控えていた。

 びっくりしたが、彼女の姿を見たとたん、これまで抑えていた感情が爆発し、涙が止まらなくなってしまった。

 小夜はそんな俺を不思議そうに見ている。


 最初、小夜は如何にも不思議なものを見るように俺をじろじろ見ていたが、途中、何かに気が付くような顔をしたかと思うと、ニヤニヤしはじめた。

 その変化を見て、俺は恥ずかしくてたまらなくなったので、照れ隠しに、「今までなにをしていたのか?」と怒った様な口調で聞く。


 小夜の話によると、火薬を使って雪崩を起こしたまでは良かったが、威力が大きすぎて、小夜が足場にしていたところの雪も崩れ落ちてしまったとのことだった。

 このままでは自分も生き埋めになってしまうと思った瞬間、雪崩の方向づけのために雪の中に埋めておいた板が目に入り、無我夢中でそれを引き抜き、気が付くとその上に乗っていたそうだ。


 小夜の身(体重)の軽さは玄悟の折り紙つきだったから、あとは板が上手く体重を雪の上で、分散してくれたのだろう。

 そのまま雪崩の上をソリの様に滑って行ったそうだ。

 話を聞いて、そんなことができるのかと思っていたら、小夜自身も「二度できるとは思えない。」と言ってきた。


 ただあの雪崩の勢いだったので、かなり下まで流されてしまい、急いで集合場所に戻ったがかなりの時間が経っており、その時、その場で見たのは生き埋めになって既にこときれていた信夫兵だけで、生きている者を発見することはできなかったそうだ。

 そして、その様子を見て、俺たちは間違いなく庭前に向かったと思い、急いで追いかけてきたという訳だった。


 小夜の何ともない様子を見ていると、あれだけ彼女をことを心配していた自分の思いを返せと本当に思ったが、はっきり言って彼女が生きていてくれたことが、今はうれしくて仕方がない。

 同時に、とりあえず、これで咲たちの面倒は小夜に押し付けることができると一安心した。


 ただ、それでも問題は山積みだ。

 何といっても俺たちは100名程しかいない。

 今のところ、他の信夫地方の国々に動きはないが、押し寄せてこられたらひとたまりもない。

 何にしろ、片桐慎介が俺の送った手紙を見て、どこまで早く行動を起こしてくれるか、これからは全てそれにかかっているといっても過言ではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る