第69話 庭先2
十蔵に何をしているのか確認したところ、降伏をすすめるために捕虜に手紙を持たせて城の中に送ってもよいかと聞いてきた。
勝敗は既に明らかだから、このまま籠城するのであれば、周りから火を放つが、できればその前に降伏をすすめたいという。
俺も基本的に異存はない。
城の中にどれだけの食料の蓄えがあるかわからないが、特に城が小高いところにあることを考えると、井戸はないだろうから、水の確保という点では、かなり心もとないと思える。
そうなると、集落を抑えられてしまった時点で、落城は時間の問題だ。
ただ、粘られて、下手に他の信夫地方の国々から応援などが来ると、いろいろやっかいになってしまうので、できるだけ早く落としておきたい。
そういう意味で、俺も特に異存はなかったので、使者を出すこと、岩影に火をつけされる準備を行うことを了承する。
捕虜を使者として送って、かなりの時間が経ち、いよいよ火をつけるしかないかと思っていると、急に正面の門が空いて、白装束の女性が7人出てきた。
何をするのかと見ていると、先頭の女性が「もはや落城は免れまいが、このまま負けて辱めを受けるよりは、戦って死にとうございます。いざ尋常に勝負。」と言ってなぎなたを構えた。
更に、「私に勝てれば城は明け渡しましょう、ただ負ければ腹を切っていただきたい。」とまで言ってきた。
それを見て、一瞬、皆どう反応して良いかわからなかったが、しばらくするとあちこちから笑い声が起こってきた。
明らかに困惑している白装束の女性。
しかし、笑い声は一向に収まる気配がない。それどころかかなり下品なことを言うものまで出てくる始末だ。
俺はその笑い声を聞いているうちにだんだん腹がたってきた。
気が付くと「黙れ!」と怒鳴っていた。
「命がけで勝負を臨むことの、何がおかしい。」俺は言いながら益々腹が立ってきた。「それを馬鹿にして笑うとは何事か、恥を知れ。」とまで言ってしまっていた。
言った後で、俺も言い過ぎたことに気付き、少し冷静になることができた。
その白装束の女性に向かい。「失礼した。」と頭を下げ、「こんなことがお詫びになるかわからないが、私が知っている最高の剣士を相手に選ぶので、それで勘弁してもらいたい。」と声を掛けていた。
一呼吸おいて、「信義」と叫ぶ。
信義はまさかここで自分の出番があると思っていなかったようで、いつになくびっくりしている様子だ。
最初は明らかに当惑の色を浮かべていたが、俺の顔をみると何か思うところがあったようで、うなづいてゆっくりと前に出た。
彼も没落の哀しさを知っている身だ。如何に目の前の女性が悲壮な覚悟でここにいるかわかっているに違いない。
ゆっくりと刀を構える信義。
構えきったのを合図という感じで、女性がいきなり切りかかる。
やはりなぎなたの間合いは広い。刀が全く届かないところから攻撃してくる。
まあ、それは誰もがわかりきっていることなので、どうということはない。実際、信義も難なく後ろに下がって躱した。
ただ、信義の剣の速さを嫌という程知っている俺としては、そのまま信義が間合いを詰めて一気に勝負を決めるかと思っていたが、どうもそうは、うまくいかないようであった。
予想以上に白装束の女性のなぎなたの振りが素早く、信義が躱しても途中で矛先が変化してそのまま次の攻撃に入っている。
あの信義が全く間合いを詰めることができないということは大きな驚きであった。
膠着状態がしばらく続く。
それでもさすがは信義、相手の一瞬のスキを見つけて飛び込む、そのまま勝負あったかと思ったが、今度はなぎなたの下の部分が下から弧を描いて信義に迫る。
その時になってやっと気づくというのも間抜けな話だが、女性が使っているなぎなたは上だけでなく、下にも短い刃がついており、下手に踏み込むとこちらの餌食になってしまうようだった。
俺はここにきて、初めてその女性が実は凄腕だということに気が付いた。
確かにあの腕なら、一騎打ちを臨むのも理解できる。
実際、初めは馬鹿にしていた家臣たちも今では本気で両者の試合に見入っている。
俺は俺で、何となく場の雰囲気で、信義を指名したが、あの信義とここまで互角に渡り合っている以上、下手に他の者を選んでいたら、本当に無駄な命を散らせるだけでなく、恥をかかせるところだったと胸をなでおろしていた。
試合の方だが確かに最初は互角だったが、徐々に信義が相手の動きに慣れてきたようで、大分攻勢を強めている。
実際、躱して間合いを詰める回数が増えてきている。
ただ、それでもあの下からの攻撃があるから、決定的な場面には至っていないが、おそらく攻略も時間の問題だろうと思っていた頃、本当にきれいに下からの攻撃もかわして、相手の喉元に刀を突き付けていた。
「参りました。」白装束の女性がなぎなたを下に落とす。
それを見て信義も刀を収める。
それと同時にその女性は「降伏します。」と言って、小刀を取り出すと、自分の喉に刺して自害しようとした。
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