第65話 準備

 それから父親のところを訪問し、岩影と三川から受け入れた兵だけで信夫攻略を行う許しを得る。

 家臣にも相談するが基本的に誰からも反対の声は上がらない。

 しかし、当然懸念を表す者は出てくる。

 それもわからないではない。失敗したら又、三川の実質上の属国にされる可能性が高いのだから。

 しかし、「我々が失敗したら、今度は水穂の本隊が攻め込めば、良いではないか。」という話をすると、反対の意見は消えた。


 一通りの同意が得られたので、攻略の準備を開始する。

 これ見よがしに、装備を購入し、「信夫攻略のためのものだ。」という話をする。

 この時期三川に協力して出兵するのは毎年の恒例行事だが、「水穂単独で。」という話をすると、皆興味深そうに、話を聞いてくれた。


 ある程度武器が揃ったが、俺たちは一向に進軍を開始する気配がない。

 毎日、ひたすらおもりをつけて家のまわりを走っているだけだ。

 寒さも段々厳しくなってきた頃、三川も焦れてきたのか、使者を派遣してきた。いつ頃から本格的な攻略を開始するのか確認するためだ。

 それに対して、俺は「来年の春までには。」と適当に答える。


 使者は本当に信夫攻略ができるのか、明らかに疑ってかかっている。

 三川にしてみれば、信夫攻略が成功すれば、北の憂いを1つ減るわけだし、失敗しても水穂に難癖をつけるいい材料が手に入るわけだから、どちらに転んでもかまわない話だ。

 ただ、使者を送って確認してきたというのは、今後の運営を考えるにあたって、水穂がどう動くのか確認しにきたということだろう。


 そんなことをしているうちにとうとう雪が降り始めた。

 俺たちはひたすら毎日走る練習を繰り替えす。

 それは、雪が降っても変わらない。

 それと並行して、信夫攻略は必ず行うという話は、機会を見つけては、周りの者に話し続ける。


 12月になると、山岳地帯では本格的に雪が降り始める。

 それを確認してから、俺は十蔵と小夜を連れて、三人だけで再び山に登る。

 小夜に最終確認をしてもらう。どうやらまだ、時期尚早のようである。


 年があける。

 本来ならめでたいはずだが、だんだん周りの目が厳しくなっていくのが手に取るようにわかる。

 これも旧三川兵の俸禄が、暫定という形ながら皆の分け前を減らしながら支給されていることも影響しているのであろう。

 信夫攻略も三川兵の受け入れても俺が勝手に決めたことで、どちらもうまくいっていないとなれば、こういう反応が返ってくるのも当然だろう。


 それに俺がしていることといったら、兵の装備を揃えたまではいいが、それ以降は攻略らしいことは何もせず、ひたすら家の周りを皆で走っているだけだ。

 確かに、何をしているのかというところだろう。


 年があけてしばらくした頃、もう一度三人で山に出かける。

 今度は大丈夫そうだ。

 帰って、皆に信夫攻略の時が来たことを伝える。

 皆が嬉しそうな声をあげる。 特に、旧三川兵は本当に嬉しそうだ。

 それはそうだろう。水穂に来てから、ひたすら陰口をたたかれる毎日では、気持ちが滅入らないほうがおかしい。


 俺たち岩影、旧三川兵、総勢100名は雪の中、信夫攻略を開始すべく進撃を初めた。

 出陣という「ハレの日」だからということで、皆にはわざと目立つような少し派手な服を着させ、更には、出発時間も人目の多い昼間を選んで、これから攻略するということを皆に見せつけるようにして、行軍を開始した。

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