第51話 進軍1

 とりあえず、馬に乗って三川に急ぐ。

 正直どの程度の速さで馬を走らせたら良いかもわからない。

 俺の近くにいるものは皆それなりに身分のある者だから、馬に乗っているので問題ないが、速度をあげすぎると、後方にいる人力で移動している者たちがついてこれない。

 しかし、前にいると全くその加減がわからない。


 仕方がないので、脇にいる十蔵に後ろの足軽たちはついてこれてきているか確認を頼む。

 十蔵がもう一人に声をかけ、二人で後ろに確認に行く。

 しばらく馬を走らせていると、「問題なくついてきている。」との報告があった。

 ただ、「今は走り始めたばかりなので、問題ないかもしれませんが、この先疲れてくれば、このままではもたないのではないでしょうか。」との追加もあった。


 「進軍速度が速すぎる。」と正直に言ってもらいたかったが、俺の面子も考えてのこの言い方だろうと思って我慢した。

 とりあえず、速度を落とす。

 正直わからないことばかりだ。進軍速度もそうだが、この後、何回位休みをとれば良いのか。

 戦場にたどり着いても、兵士が疲れ切っていて何もできないのでは話にならない。

 おそらくこうしたことは、経験から学んでいくしかないのだろうが、俺にはその経験が全くない。


 片桐慎介を近くに呼んで、まわりに聞こえないように、注意を払いながら、正直にこのあたりを話すと、何も言わず、自分についてくれば大丈夫という感じでそのまま並走してくれた。

 おそらく、行軍速度や休憩は自分に任せろということなのだろう。


 俺が最初走っていた速度より、かなり遅い速度で馬を進ませる。 

 考えてみれば一晩中走ることになるわけだから、この程度の速度でなければならないのだろうが、俺は、どうも舞い上がっていたようだ。


 だいたい1/3程の行程を終えたあたりで、前でたいまつを振っている者が見えた。

 周りの者が俺を囲むようにしながら、その者との距離を縮める。

 近づくについて、その者が何かを大声で叫んでいるのが聞こえる。

 馬の音でよく聞こえないが、「克二・・」という単語が聞こえた。

 最初暗くて良く見えなかったが、目をこらしてみると須走であった。


 急いで馬を止めようとすると、慎介が「しばらくはこのままで。」と耳打ちをしながら、俺の馬の手綱をとって馬を進めようとする。

 仕方がないので、須走に対して、ついて来るように手招きをする。

 少し広いところにでると、慎介が「休憩!」と大声で叫んでから、徐々に行軍速度を緩めた。


 俺も馬を降りようとすると慎介が近づいてきて、「いきなり、先頭が止まることだけはおやめください。自分1人でしたら何の問題もありませんが、後ろに人がいる場合は、その者は前の方がそのまま動くと思って進んできます。止まる場合、特に大軍を率いている場合は、明確に止まるという意思を示してから徐々に速度を落として下さい。」耳打ちした。

 確かにあのまま俺が馬を止めていたら、後ろの者はそれを避けようとしてどうなっていたかわからない。

 下手をすると戦が始まる前からけが人を出していたかもしれない。

 「感謝する。」と口では言ったものの、恥ずかしくて仕方がないというのが正直なところだった。


 とりあえず、克二の手紙を急いで確認しなくてはならない。

 そんなことを思っていると、須走がいつの間にか俺の前で膝まづいて、手紙を差し出している。

 正直、いつの間にという感じだが、岩影随一の速さを誇るものであれば、これも当然かもしれない。

 ただ、慎介といい、須走といい、きちんとなすべき仕事をしている部下をみると、自分が余計情けなくなるというのが正直なところであった。


 気をとりなおして、克二の手紙を読むと、「狩野原の東に陣をはる。」と書いてあった。

 これはどう考えても西から向かう俺たちに秋山家の背後をつけという意味だろう。

 慎介にもその手紙を見せ、意見を求めると俺と同じ見解だった。

 ただ、慎介は、その後で「若家老の自分だけではなく、筆頭家老、次席家老にも御意見を求められては?」と続けた。


 俺はあまりに慎介が役に立つが故に、また大きな失敗をしてしまったようだ。

 どう考えてもこうした場合、先に筆頭家老、次席家老に見解を求めるべきだ。

 彼らに下手に機嫌を損ねられても困るし、俺が慎介ばかりを重宝すれば、彼らから慎介がいらぬやっかみを受けてしまうかもしれない。

 「どうも失敗ばかりだ。」という思いを抱えながら、俺は筆頭家老のところに近づいていった。

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