第50話 不安
皆のところに向かう途中、「それにしても、片桐慎介はうまいところで、まとめたものだ。」と急に思いついた。
俺は皆をやる気にさせることだけに精一杯で、冷静に集合時刻を伝えることなど(今になって考えてみれば、すごく大事なことだが)、とてもそんなところにまで、気が回らなかった。
彼がいなければ、どうなっていたのかわからない。
さすが十蔵の父親としきりに感心した。
感心すると同時に、すこし頭がさえてきたので、今回のことをもう一度考えなおした。
今は既に真夜中だから、これから急いでも開戦前には間に合うまい。
秋山家、青柳家がそれぞれどれだけ軍を集めたかわからないが、五島家の様に日より見を決め込んだところも少なくないはずだ。
ここで、2大勢力のどちらにつくか、下手に選択して、ハズレを引くくらいだったら、最初から引かない方がましだ。
「俺なら、そうする。」すると今回の戦に参加しているのは一門の者か、関わりの深い者に限定されるであろう。
そうであればこそ、今回水穂がかき集めた兵力が1500程度でも、戦局を作用する要素になると思っている。
だからこそ、克二も俺にあの時間のない中、手紙を書いてきたわけだし、俺が言い出す前に水穂の解放を自分から約束してきたのだろう。
しかし、不安も頭をよぎる。
もし、秋山家が多数の支持を集めていたらどうする。
特に青柳家には、西の方と新右衛門の醜聞という負い目がある。
先の主君が亡くなったばかりだというのに、その側室に手を出す様な不忠義者にはつけぬと、予想以上に味方が集まらない可能性もある。
そう思うとあの噂が忌々しいが、今さらどうしようもない。
俺達がたどり着いた時に、既に勝負が決まっていたという事態はなんとしても避けなくてはならない。
しかし、今の俺に何が出来る。
そう思った次の瞬間、俺は「岩影!」と大声で叫んでいた。
すると「ここに。」という声が聞こえて、ふいに近づいてくる人の気配が感じられた。
「当然ここにはいるよな。」と思ってはいたが、本当にいるとそれはそれで少なからずびっくりさせられるものだ。
部屋に戻り、急いで、手紙を書きあげ岩影の使者に渡す。
須走ほど速くはないかもしれないが、間違いなく軍を率いていく俺たちより速いはずだ。
それに今の時間ならうまくいけば、開戦前に間にあうかもしれない。
「これを間違いなく、克二に届けてくれ。できるだけ早くだ。頼んだぞ。」というと、何を言わず頭を下げ、手紙を受け取る使者。
俺が皆のところに着いた時には、皆、いつでも出陣出来るという感じだった。
俺の顔を見るや、「おう!」という声があがる。
内心、少なからず当惑していたが、今さらそんなことを言う訳にはいかない。
手を挙げて応える。
俺の乗る馬も既に準備されていた。
馬に乗りながら、「急にこれが俺の初陣だ。」と気がついた。
不思議と恐くない。もしかすると、家臣達の熱気にあてられているのかもしれない。
皆が俺の合図を待っているのが、肌で感じられたので、「出陣だ。」との掛け声をかける。
家臣の応える声を受け、馬を前に出すが、戦に出るのが始めてなのだから、軍を率いたこと等あるわけがない。
はっきり言って何をしたらよいのかわからない。
「こんな時に領主は何をしているのだ。」と父親を探すが、いない。
どうも俺に丸投げをきめこんだ様だ。
「とりあえず、三川に向かうだけだ。」そう心に決めて馬を走らす。
幸いと言って良いかどうかわからぬが、夜なので、たいまつがたかれ、それを持った兵が左右についている。
間違っても道を間違えることはない。
「とりあえず、このままできるだけ早く三川に向かうだけだ。」、俺は必死に心の中でそのことだけを繰り返していた。
さもないと不安で仕方がなかったというのもある。
自分ではやるべきことは全てやったと思っている。
しかし、不安が後から後から湧き上がってくる。
「俺たちがついた時に、既に青柳家が負けていたら、克二が打ち取られていたら・・・」変な考えばかりが浮かんで仕方がない。
ただ、間違っても家臣の前で、そうしたことを考えているなどとはおくびにも出すわけにはいかない。
これまで、頭ではわかったつもりになっていた父親の苦悩が、少しは本当の意味でわかった様な気がした。
同時に、父親がいないことを見た時は、少なからぬ失望を覚えたものだが、これまで散々この気苦労を味わってきた者としては、それも仕方がないかと思ったりもした。
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