第34話 鷹狩3

 俺は十蔵に、これまでのことを話すかどうか迷ったが、岩影が引き受けてくれた以上、大丈夫だろうと思って、玄悟とのやり取りも含めて話をすることにした。

 十蔵は話を聞いても、全く実現可能なこととして受け入れていない様だった。

 いくら岩影でも、敵当主の暗殺など出来ると思っていない。


 更に、「なぜ今暗殺の必要があるのか?」と聞いて来る。

 そこで、俺は「跡目争いが起これば、面白いことになる。」と続けた。

 十蔵は「何が面白いのですか?誰がどう見ても、勝一様の一人勝ちではないですか?」と聞いてきた。


 そこで俺は、青柳新右衛門を裏切らせるという、秘中の秘を話した。

 「どうやって?」と聞かれたので、かつて新右衛門と西の方が恋仲だったことを話し、「西の方に説得してもらう。」と続けた。

 それを聞いた十蔵は、「若は男女のことをわかっておられない。かつて恋仲だったとはいえ、それだけで、新右衛門殿が裏切るとお思いか?」と聞いてきた。


 確かに言われて見れば、その通りだ。

 ここで裏切る位なら、かつて恋仲だった時に裏切らないはずがない。

 俺は、何を考えていたのだと、自分の馬鹿さ加減にあきれ果て、青くなった。

 すると、十蔵は「下策でよければ、手がないことはありません。」と言ってきた。

 「ただ、私は暗殺が成功するとは思っていませんから、すべては暗殺が成功してからということにしましょう。」と言われた。

 俺は反論したかったが、西の方と新右衛門の件があるので、何も言えなかった。


 それから3日後に、来週また鷹狩りが催されるとの連絡が入った。

 むろん、俺はこの情報を急いで小夜に伝えた。

 特に何の連絡もないまま、俺は鷹狩りに出席した。

 有難いことに今回も領主側の席が用意してあった。これもひとえに克二の尽力の賜物だろう。

 ちなみに、前回の鷹狩りの話を俺から聞いて以来、十蔵も興味も持ち、共に見学することになったが、当然十蔵の席は家臣側だ。


 今回は前回の1/3程の規模だ。

 相変わらず隆明は時々一人で馬を走らせている。

 俺は今か今かと期待しながら待っていたが、ついにその時は来なかった。

 十蔵は何も言わなかったが、視線が痛い。

 ただ俺は内心、「今回は下調べだから、次回こそだ。」と自分を納得させていた。

 そのまた次の週も鷹狩りがあったので、期待しながら待っていたが、徒労に終わった。

 帰り道の十蔵の視線が何かを物語っている。


 三川では、そろそろ信夫地方への遠征の準備が始まっていた。

 食料の確保、武器の調達、戦の前とは、こういうものかと、感心しながら眺めていた。

 去年もこうした場面は見ていたはずだが、あの当時は、来たばかりで、普段との違いがわからなかったので、実感できなかったという話だ。、

 同時に「十蔵の言うことは、なんでも正しいのか。」とも思い始めていた。


 克二も麻生家と共に出陣だと言うことで、忙しそうにしている。

 それだけではなく、俺が訪ねても心ここにあらずといった感じで、明らかに俺に早く帰ってもらいたそうにしている。

 既に夜盗退治には出かけているが、今回の相手は正規軍だ。

 ある意味本当の戦はこれが初めてなのだから、気持ちが高ぶっているのもわからないではない。


 そして、恐らく遠征前の最後になると思われる鷹狩りが催されることとなった。

 俺はもうあまり期待していなかったが、あれだけ熱心に見学を訴えていた以上、今さら行かない訳には行かず、十蔵と共に出かけた。


 鷹狩りが始まった。

 相変わらず、秋山家と青柳家は見事な陣さばきだ。

 本当に美しいと思った。「これを見れただけでも良しとしよう」と俺は自分を慰めた。

 ただ、同時に彼らが本当は敵だということを思いだし、俺がこの2軍に包囲されたらと考えたら、急に怖くてたまらなくなった。


 そんなことを考えていたら、1人で馬を走らせていた葛川隆明がいきなり視界から消えた。

 どうも馬が転倒したようである。

 俺は「もしや」と思いつつ立ち上がると、葛川家の家臣たちがどっと隆明の周りに集まってきた。

 何も動きがない。

 いきなり誰がか叫んだかと思うと。何人かで隆明を抱えるようにして、運ぼうとしているのが目に入った。


 俺は十蔵の方を見た。

 明らかに「まさか」という顔をしている。

 同時に、俺は自分の顔が気になった。

 「下手な顔をしていてはまずい。」と思い、下を向いて、あたりの様子を探った。

 しかし、杞憂だったようである。

 隆明の姿が大きくなるにつれ、皆の注意はそちらに注がれ、俺のことを注視するものなど誰もいなかった。


 そのまま、隆明は駕籠に乗せられると、ばたばたと出発した。

 家臣団も後に続いたが、容易ならざる事態が起こったことは誰の目にも明らかだった。

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