第33話 岩影3
さすが岩影だ。
俺が小夜に会いたいと伝えた2日後には、もう面会の日取りが決まった。
さすがに居候先で会うわけにはいかなかったから、克二のところに行った帰り道に、この前三者会談が行われた寺の裏で、ということで話しがまとまった。
克二と会うたびに、俺はこの前の鷹狩りを褒め、「また機会があれば呼んでもらいたい。」と、何度か繰り返していたが、その日も、その話をして、そそくさと退席した。
はっきり言って俺は岩影玄悟に早く会いたくて仕方がなかった。
俺が寺に着くと、何処からともなく、玄悟が現れた。
全く気配を感じることが出来なかった。さすがである。
会ってくれた礼もそこそこに、俺はいきなり本題に入った。
「話というのは、他でもない。葛川家当主葛川隆明を暗殺してもらいたいのだ。」と切り出した。
すると、明らかに何を馬鹿なことを言っているのだという表情で、「いくら我々でも出来ることと、出来ないことがあります。」と言われた。
確かに、あまりに唐突な俺の言い方が悪かった。
どうもあまりに気が急いているらしい。
謝りながら続けた。
「何も敵の中枢の城に忍びこんで、暗殺してくれと言っている訳ではない。」
「隆明が一人になる機会がわかっているので、その時を利用して何とか出来ないかと相談しているのだ。」と続けた。
玄悟は「詳しくお聞きしましょう。」と、ぼそっとつぶやいた。
やっと聞く気になってくれた様だ。
「この前、秋の鷹狩りが催されたのは知っていよう。」
「隆明はかなり鷹狩りが好きな様で、鷹が獲物を捕らえたとなると一人で馬を走らせて行ってしまう。」
「俺はかなり詳しく観察していたが、一度なぞはいきなり馬を走らせ、暫く家臣も追い付けなかった。」
「あの規模では周りに大勢の者がいるため、難しいと思えるが、今後開催されるものは規模も小さい。なおかつ、具体的な場所と時間も、予め克二を通して知ることが出来る。」
「これであれば、かなり可能性があるのではないか?」と聞いてみた。
玄悟は、俺の話を聞き終わるなり、考えこんでしまった。
そして暫くして、「実際にその鷹狩りの様子を見ないと、何とも言えませぬ。」と難しい顔のまま、答えた。
その表情をみて、俺は言いよどんだが、「更に条件がある。」と続けた。
「事故死に見せかけて欲しい。」と。
玄悟は、「正直に言いましょう。」と重い口を開いた。
「先ほど申した様に、どの程度可能性があるかは、実際に鷹狩りの様子を見ないと何とも言えません。
ただ、確かに、話を聞く限り可能性がないとは思いません。」
「問題は、暗殺終了後にどうその場を立ち去ることが出来るかと言うことです。」
「もし、暗殺が成功しても、その者が捕まって、水穂の国の者だと言うことがばれてしまえば、暗殺をした意味がないのではありませんか。」
「そういう意味でも、事故死に見せかけることが出来れば、確かに最高ですが、これは本当に難しいことです。」
「そのためには、現地で逃走方法があるのか等、実際のところを確かめた上でないと、確かなことは言えません。」と続けた。
確かにそれはその通りだ。あまりに俺の考えが机上の空論過ぎた。
俺は素直にわびを述べ、更に隆明暗殺後に何を考えているかについて説明し始めた。
それを聞いて、玄悟もやっと「それなら。」と言ってくれた。
どうも俺は、気が急くあまり、説明の順番を間違えたようだ。
確かに、いきなり敵当主の暗殺などというわけのわからない大仕事を言われて、誰が引き受けようという気になるものか。
当然、その理由や、具体的な方法を説明したうえでなければ、話を聞いた方も考える気にもならないといういうのはよくわかる。
俺の説明を聞いた後で、「ならば我々も本気で暗殺方法を考えますから、事が成功した暁には、我々に武士の身分を賜りたい。」と言ってきた。
俺に可能であるかどうかわからなかったので、出来る限りのことはすると約束した。
しかし、口約束は信頼出来ないという。
普段なら、「何を無礼な。」と言うところだが、玄悟の真剣な顔を見て、相手も本気だと言うことがわかった。
確かにそうだ。
敵当主の暗殺となれば、里でも1,2を争うものを派遣せねばなるまい。
数も一人で足りる保証はない。
限られた場所でという話であっても、隆明の馬がどの方向に行くかわからない以上、何ケ所かに人を配置する必要もあろう。
そのうち何人が帰ってこれるかわからない大仕事だ。
失敗して、下手に背後関係などを探られた日には、里の全滅もありうる。
そういうことを考えると玄悟が言うことも理解出来る。
また、玄悟がそういうということは、それだけ俺の提案を本気で考えてくれていてくれるということと思うとうれしくなってしまった。
俺は、その場で事が成功した暁には岩影に武士の地位を与えることと、今彼らが住んでいるところを岩影の所領として保障することを、俺の名前と共に紙に書き、玄悟に渡した。
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