第17話 西の方

 葛川家三男、信三と始めた会った翌日には、西の方の強い意向で再度会う事となったが、どうやら引っ込み思案の信三と一緒に遊んでくれる者ができたことが嬉しいようで、結局一日おきに遊びに来ることとなった。


 西の方としては毎日でも来てもらいたかったようだが、流石にそういうわけにも行かないので、一日おきということで何とか話がまとまったというところである。

 西の方がここまで神経質になったのには理由がある。


 葛川隆明の正室の北の方は公家の出で、田舎暮らしなどは嫌だというのを、「苦労はさせないから」と何とか頼みこんで、嫁入りさせた。

 結果、隆明は北の方に頭があがらなくなるわけだが、彼女の性格が多少きつかったため、別に安らぎを求めたくなったらしい。


 それに、大名としてかなりの力もある身としては、その気になれば側室など何人でももうけることが可能である。

 「世継ぎが1人しかいないのは、不安だ」といういい訳を入れ知恵するものあったそうだ。

 結果、東の方という側室をもうけることを何とか納得させた。

 一度そうなってしまえば、後はなし崩しでいけると思った葛川隆明であったが、事態はそれほど簡単ではなかった。


 1人だと聞いていたのに、いつの間にか2人になっていたことを知った北の方の怒りは激しかった。

 それに、東の方は北の方ほどの名門ではなかったが、公家の血をひいていたこともあり、何とか納得できたようである。

 ところが、西の方は出身が家臣(武家)筋であったため、その怒りの矛先は後から追加される形となった西の方とその子信三に特に激しく向けられた。


 ちなみに「北の方」「東の方」「西の方」という呼称は彼女たちが与えられた部屋の場所に由来している。

 北の方を迎えるにあたり、隆明は都の伝統的な寝殿造りといわれる様式の住まいをつくり、伝統に則り、自分が南の部屋に住み、正室に北の部屋を与えた。

 彼としてみれば、伝統に則るのであれば、東西の部屋に側室をおくことは当然という思いもあったのかもしれない。


 しかし、北の方の思いは違った。

 頼みこまれて来た以上、「自分は特別」と考えていたのであろう。

 そうしたこともあり、西の方が側室になったばかりの頃はかなり露骨な嫌がらせもされたそうだ。


 なんと言っても忘れらないのが、信三が2歳のときに、高熱をだして生死の境をさまよったときのことだという。

 その直前に信三は北の方から差し入れのあったお菓子を食べていたので、毒をもられたという思いを強く抱いたそうだ。

 菓子は都から取り寄せた特別製ということで、1つしかなく、それは信三が食べてしまったので、本当に毒がもられていたかどうか確認する術もなく、うやむやになってしまったが、西の方は「間違いない」と確信しているようであった。


 以来、西の方は信三に近づくものは北の方の息がかかっているのではないかと心配で、常に自分で見守るようにしていたらしい。

 しかし、今度はそうなるとあまりに信三が引っ込み思案となり、ロクに部屋からもでないようになってしまった。

 ここまで極端だと、さすがに困ったと思っていたところに現れたのが俺で、三川に来たばかりの俺であれば、北の方の息はかかっていないだろうし、信三も俺のことを気に入っているようなので、一緒に遊んでもらいたい、できれば少しは外に連れ出してもらいたいというのが彼女の意向であった。


 さすがに最初に毎日来てくれというかなり無茶な要求をした手前、理由を話さなくてはならないと思ったのであろう。

 また、家臣に対して北の方の悪口をいうこともできず、これまでつらい思いをしながら、誰にも話すことができなかったということもあったのかもしれない。

 いったん話始めると、涙ながらにこれらのことを一気呵成に話し始めた。

 ただ、彼女も話し終わって、少し話しすぎたと思ったのか、「このことは他言無用じゃぞ」と最後に念を押された。


 何にしろ、こうして俺は一日おきに信三と遊ぶことになった。  

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