第10話 地図
小夜と十蔵と修行に明け暮れていた日、いきなり父親から呼び出された。
おそらく俺の人質として葛川家に行く件が正式に決まったのだろうと思っていると、案の定そうであった。
ただ、いくら葛川家といえども正面きって「人質」とは言えないので、表向きは「遊学」ということになっている。
何でも葛川家の使者は「ご子息も、もう12歳になられて、外の世界を知る機会が必要でしょうから、是非わが国で学ばれてはいかがでしょうか」と言ってきたそうである。
その場にしたものの話を総合すると、言い方は穏やかであったが、有無を言わせない感じで、既に決定事項を通知している様だったそうだ。
何とか理由をつけて、しぶってみたものの決定事項は覆らず、結果、準備があるから今すぐではなく、1ヶ月後とするのがやっとのことだったと聞いた。
母親は泣いているし、父親は苦虫を噛み潰したような顔をしている。
家臣もかなり不満そうだ。
ただ、俺は予め聞いていたし、十蔵が以前言っていた「敵(葛川家)を知る」良い機会だと思っていたので、それほどでもない。
唯一残念だったのが、「己を知る」機会がなくなってしまうことである。こんなことなら伊南村だけでなくいろいろなところを見ておくべきだと思ったが後の祭りである。
ただ、考えようによっては、後1ヶ月あるので、この期間を利用して領内を見て回りたかった。
母親は俺を産むとき難産だったことも関係していると思うが、俺がどこにいるか常に把握していないと落ち着かないところがあった。
俺が領内を散策したいと言ったときも、最も反対したのが母親だった。
そのときはかろうじて父親が味方してくれたので、行くことができるようになったが、今回も母親が泣きながら後1ヶ月しかいないのだから、「母親の傍にいるべき」と泣きながら訴えられたのにはまいってしまった。
しかし、はっきり言って、これが己(領内)を知る最後の機会かもしれなかったので、譲るわけにはいかない。
「葛川家に行く前に、何としても領内を見たい。」と父親に必死で訴えた。
確かに母親と一緒にいることも大事であったが、俺には時間がない。将来のことを考えると今回を逃すと後はいつ見る機会があるかわからない。
そこで、「これは俺だけのためではなく、将来俺が領主となることを考えると、三條家にとっても大事なこと」と説得し、何とか認めてもらった。
当然、十蔵と小夜を供につけて領内を見て回ってわけだが、これまでのような単なる視察ではない。なんといっても時間がないので、見るべきことを限定しなくてはならない。
そのため、敵が攻めてきた場合どうなるか、それを防ぐためにはどうするかということを想定してみることにした。
例えば、国境と接しているところであれば、その村になる道はどのくらいの幅の道があり、歩兵であればどの位の数の兵が動けるかなどに重点を絞った。
橋も基本的に同じだが、橋であれば落として一挙に敵を葬ることも想定しなければならない。
以前十蔵と話したように、最悪の場合の逃げ場所も想定しなければならない。
ある程度食料を蓄えることができて、敵が攻めて来ても、簡単には墜ちず、わなも設置しやすい場所。
俺は地図をつくって、思考の整理をすることを提案した。小夜も賛成したが、十蔵だけが難色を示した。
彼が言うには、「もしこれが万が一我が国に悪意あるものの目に触れたりすると、かなりやっかいなことになる。」というのが理由であった。
その理由はわかる。しかし、地図がないと俺が自身どうもうまくて頭の整理ができない。
そのため、完成したら焼却するという条件で十蔵も賛成してくれた。
この作業は本当にためになった。
何と言っても、俺自身領内の地形を理解していなかったことがよくわかった。
「水穂の国」といわれる理由はやはり平野(田)が多いからで、そのイメージが強かったが、結構険しい山もあれば、荒地も存在する。
道も何も考えずに通っていれば単なる道だが、兵が何人通れるかと考えていくと全く見方が異なる。
カーブでは当然進行速度が遅くなるだろうし、兵を隠す場所としてどこが適しているかなどを考えていくと、道がいくつもの違った様相を見せるのはびっくりした。
また、天候によっても道は違った形を見せてくれる。晴れの日はあれほど快適な道が雨が降ると一変し、ぬかるんで思うように進めなくなるところもあった。
たぶんこれは土の性質の違いによるものなのだろうが、予め知っていなければ対処できないことでもある。
こうしたことを1つ1つ発見していくのは本当に楽しかった。
当然、小夜と十蔵が一緒にいるので、武芸の訓練をしながらの漫遊で、俺たちが何をしているのかわからない者には遊んでいるように見えるかもしれなかったが、この1ヶ月で学んだことは俺の最も深い血肉になっているといっても過言ではなかった。
そしてとうとう地図が完成した。
俺はそれを一日中眺めてはいろいろ書き足したりしていたが、夜になると約束どおり、十蔵の目の前で火にくべた。
小夜はもったいないという顔をしているが、俺はこれから葛川家に人質としていく身だ。どこに監視の眼があるかわからない。
もしこれが、かの地の者の手に渡ったら想像するだけで恐ろしいことになる。
俺自身も惜しい気はしたが、だからこそ、必死に忘れないように頭に叩き込んだつもりだし、忘れるようでは将来の領主していて失格だと思った。
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