第8話 岩影2

 すると玄悟がその理由を話してくれた。

 俺が聞いていたとおり、岩影の間では、今のまま三條家に仕えていて良いのかという話が出てきているらしい。

 先祖の恩があったから、これまで仕えてきたが、現当主である俺の父親の代になってから、出番もかなり減っているとのことであった。

 岩影に属している者にしてみれば、自分たちの能力は他でも十分使い物になると思っているのに、主君はジリ貧、尚且つ、このままロクに使われもせずにいるのであれば、水穂の地を出て行っても良いのではないかとの意見も無視できなくなっているそうだ。


 仕事が少なくなっていることを幸いと、次期領主である俺がどのような者か監視をつけていたということらしい。

 そこで夏祭りの陣取り合戦の様子を見ていたというわけだ。

 あれはそれなりに彼らの興味を引いたらしい。ただ、実際活躍したのは、次期領主である俺ではなく、十蔵であったので、実際俺がどのくらいのものか見に来たということだった。


 ただ、それにしても「俺はまだ小さく、お前たちに与えるものは何もないが、何故今なのだ」という疑問をぶつけてみたところ、どうも葛川家で俺を人質にとるという話がでてきているらしい。

 そうなると今回の様に大勢で押しかけていって俺を見極めるということができないので、急遽今恒例の代替わりの契約を俺にぶつけてみたということらしい。


 正直、あまりにたくさんのことを言われてどうしたら良いのかわからなかった。

 岩影一族を見たのも初めてであれば、契約などというものがあることも初めて聞いた。

 それ以前に俺が人質にならなくてはならないかもしれないという話は全く寝耳に水で、少なからぬショックを与えた。

 ついいつもの癖で、「十蔵どうする?」と言いそうになったが、こいつらは十蔵抜きの俺を見極めに来たといったばかりなのに、もしそう聞いたら愛想をつかされるのは間違いなかった。


 小夜という俺とさほど歳も変わらぬ娘がかんたんに十蔵を抑え込んだことからもわかるとおり、こいつらの実力は並みではない。

 これをこのまま手放すのは惜しいが、俺に何か与えるものがあるかというと何もあるように思えなかった。

 かといって、何もやらなければ、契約にはならない。

 俺が困っていると、それを見て小夜が笑っているのが目に入った。


 腹がたったが、「こいつはどんな訓練をしてくれば、あれほどの技術をあの細腕で習得したのだろう?」という素朴な疑問が浮かんだ。

 そして、ふと俺はこいつらのことは何も知らないということに気が付いた。

 そこで、最初にいくつか質問をさせてもらうことにした。

 むろん、岩影一族のことがトップシークレットで、俺自身が知らないことがたくさんあっても何の不思議もないということを付け加えることを忘れなかった。


 結果わかったのが、彼らは俺の先祖からこの地に住むことを許され、普段は農業をしながら、技術を磨いてきたということだった。

 基本的にこれまでの契約は金で、情報収集1件につきいくら、暗殺1件につきいくらという感じで成功報酬の形で金を受け取ってきたそうだ。

 ところが、葛川家に従属している身では、やる仕事はどうしても葛川家の情報収集だけ、これといって大きな仕事もない。

 ま、その過程で今回の俺の人質云々という情報も仕入れてきたのだろうなという感じだ。

 となると、急進派の間では、三條家も見限ってという話が出てくるのもわからない話ではない。


 これらの話を総合すると、彼らはかなりの技術をもちながら、身分は農民と大差ないこと、報酬は成功報酬で、危険と隣り合わせの仕事をしても失敗すれば、それまでで何も手に入らないということがわかった。


 だったら、彼らを懐柔するのはそんなに難しくないというのが、俺の結論だった。

 俺が提示した契約の対価は名誉と生活保障だった。名誉はそれだけの技術をもっていながらあくまで影に徹しなければならない境遇をもったいないと思ったが故の措置で、生活保障とは、今彼らが住んでいるところを彼らの領地として保障してやるというものだった。

 わかりやすく言えば、岩影一族が住んでいるところで採れた農作物は彼らが好きにしてよいという話と、領地を持っている武士として認めようということだ。


 これには彼らも正直驚いたようだった。 

 影に甘んじるしかないと思っていたが故の岩「影」という名称であり、先祖からは住むところを提供してもらっただけでありがたいと思えと散々言われてきたようだった。


 あまりに何度も念を押すので、当然俺が領主になってからの話で、もし葛川家で殺されるようなことがあれば当然この話は、お仕舞だということを付け加えると、彼らの目の色が変わった。

 「若様に何かあっては大変」と小夜を俺じきじきのボディガードとしてつけることが急きょ決まった。


 小夜としても、正直里の暮らしに飽き飽きしていたところだったようで、城に来ることは喜んでいた。

 しかし、いきなり素性もしれない者を雇うことをどう周囲のものに説得するかと悩んでいると、十蔵が仕方がないという感じで、「私の親戚のものということで、女中として雇ってもらうことにしましょう」と言ってくれた。


 ただ、そのあと、十蔵が付け加えていたのが、再戦の申し出であった。十蔵にしてみれば、小夜に簡単に抑え込まれたことが納得いかないようで、勝ち逃げを許したくないという気持ちもあったようである。

 彼にしてみれば、あくまで油断したからで、不意をつかれなければ、負けないと思っているふしがあるようだった。

 そのあと、十蔵が小夜相手に連敗記録を重ねるようになったのは、後で触れたいと思う。

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