第7話 岩影1
十蔵のことばかり話してきたが、もう1人どうしても話しておかなければならない人がいる、小夜だ。
彼女は俺の先祖がこの水穂を支配し初めた頃、住み着いた武芸集団、岩影の党首の孫娘だ。
何でも当時、岩影は他の集団と血で血を洗う抗争をしており、かなりの犠牲を出していたそうだ。
その時、手助けをしたのが俺の先祖で以来彼らは領内に住んでいる。
正直昔から他国とのいざかいはあった訳で、名門であるということは、ある意味それを他の家より長く経験しているということを意味している。
結果、その過程でかなり岩影も重宝されてきた様だ。
もちろん一般領民には岩影のことは知らされていない。彼らの存在は家臣の間でもかなり身分の高いものだけが知っているトップシークレットとなっている。
しかしその名門たる三條家も、もはや実際は隣国の葛川家に支配される身に成り下がってしまっている。
そのため、岩影の間では、このまま我が国に仕えていて良いのかという議論がなされているらしいということは、俺も耳に挟んだことがあった。
俺が小夜と初めて会ったのは、陣取り合戦からしばらくたった夏の熱い日だった。
俺と十蔵がいつもの様に伊南村に行こうとすると道の真ん中に俺と同年代の女の子が立っている。
面識がなかったので、そのまま通り過ぎようとすると、そいつが、「茜、お前茜だろう。」と慣れ慣れしく、俺の名前を呼んできた。
俺は、女みたいな自分の名前があまり好きではなかったので、五平たちには別の名前を名乗っていた。
城のなかでは基本的に「若」とか「若様」とか呼ばれていたので、本当にびっくりした。
十蔵が俺の前に出て、「何奴!」と相手を睨み付けている。
俺たちは町人に化けているので、当然刀は持ってきていない。
それを見た女の子(彼女が小夜と言う名であることを知ったのはもうしばらく後だ)は、名前を呼んだだけで何故俺たちが急に警戒し初めているかが理解できていない様だ。
その上、「やる気なら相手になるよ。」と十蔵を挑発している。
十蔵は「刺客かもしれません。」と俺に呟くと周囲を警戒し初めた。
ところがどうもこの子1人の様である。
だったら何とかなるという思いと、何にしろ何故この子が俺の名を知っているのかを問い詰めなくてはならなかったので、小夜をつかもうとしたが、その瞬間あの十蔵が関節をきめられて動けなくなっている。
俺は我が目を疑った。夏祭りの陣取り合戦の時に見た十蔵の関節技があまりに見事だったので、頼んで教えてもらっていたのだが、当然のごとく俺は十蔵に全く歯が立たなかった。
その十蔵が俺と同じ位の女の子に全く動けなくされてしまっているのだ。
その時、「小夜、いい加減にしなさい。」という声が聞こえた。
周りには誰もいないと思っていたが、どうやら既に回りを囲まれていた様だ。その声をかけてきた老人は俺の前にでると恭しく頭を垂れ、「わしが岩影の党首岩影玄悟、そしてあれが孫娘の小夜でございます。」と言ってきた。
そのうえで、俺に話があるという、俺に何の用があるのかわからなかったが、頼りの十蔵が女の子1人に歯が立たない以上、俺に拒むという選択肢はなく、彼らについていった。
案内された家の中で、最初に党首玄悟から再度、小夜の非礼を詫びられた。何でも彼らは以前から俺のことを監視していたそうだ。
陣取り合戦の様子も報告されており、それで興味をもった小夜が、今日党首が俺に会うという話をどこから聞きつけて、一目見てみたいと思ったらしい。
そのあとはいきなり本題に入ることとなった。本来岩影の党首は領主が代替わりすることに面談を行うことになっているらしい。
そして、その場で岩影と契約を結んでいるということだった。契約なので、領主が岩影に対して何か報酬を提供すると、岩影がそれに見合った対価(隠密行動や情報収集)を支払うということだった。
問題はその報酬を何にするかということであった。
報酬という以上普通なら金となるのであろうが、俺の自由になる金などないし、それ以前にまだ領主にもなっていない俺に会いにきたことが不自然に思われたので、それについて率直に聞いてみた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます