第16話 白神白人は彼女に捨てられてもつよく生きています
「……そろそろ帰ろうか」
そんな台詞が、オレの口から自然ともれた。
陽は暮れつつあった。
オレはいつもと変わらぬ光景に陽が差すのを眺めていた。
変わらぬ光景――川を流れる水面に返す陽の光。そして……煙を上げている橋の残がい。
橋の……残骸……。
変わらなくねえよ! 光景めっさ変わっているよ!
「って、グリーン! そんでハクもなにしてくれてんの!」
「うえ?」「はい?」
「橋を壊すな!!」
「橋? なんだそんなことか」「細かいことを気にするなシロ」
「ぜんっぜん! 細かく無いから!! むしろ大惨事だから! 街のインフラが……どうしよう……。自首、自首しないと! あ! こんなことをしている場合じゃ無い!! 被害! 人的被害の有無を!」
オレはグリーンに破壊された、近くの橋に走り寄る。まだ土埃がひどい。
目をこらして、耳をすます。なにか変化はないか? なにか動くものはないか? 祈るように確認を急ぐ。せめて、橋以外の被害がなければいいのだが……
「……あ」
そんな祈りを打ち砕くように、オレの目に飛び込んできたのは、一台の車。
それが……原型を留めないほど、ぐしゃぐしゃに破壊されて、コンクリート片に巻き込まれていた。不運にも……通行中に巻き込まれてしまったのだろう。
「うっわ……」
目の前が暗くなる。
オレはすこし長くまぶたを閉じた。そして開けた。
しかし見間違いなどではない。そこにひろがる変らぬ様子。
やっちまった。……やっちまっていた。
これでは中の人は、とうてい……。
「うわ……。オレの人生……。……詰んだ」
ハクのせいで失った日常を、平穏を取り戻したかった。
フツーに学園に通い。フツーに勉強をして、フツーに彼女と付き合って。
半年前に失った、何事も無い日常をオレは取り戻したかった。
ぐたいてきには……オレを捨てた彼女を取り戻したかった。いや、捨てたといっても無理はない。いきなり夏休みを明けたら変貌しすぎていたオレの姿に、戸惑うのは当たり前のことだろう。オレがフツーに戻ればきっと元に……。女々しいとおもう奴はおもえばいい。オレはまだ、彼女のことが好きなんだ。けど……。
オレのその夢は、いまおわった……。人の夢と書いて儚い。
儚い――なんて適切な漢字なんだろう。これかんがえた奴、マジ天才。
うん……、平穏の方は取り戻せるかもね。
檻の中でな。――ははは。
人間、追い詰められると笑みがでるって本当だ。
……ソースはいまのオレ。
ガラガラッ。
「――!?」
コンクリートの山の一角がくずれる。
オレの視線は、その一点に集中する。
そこから這い出るようにでてきたのは一人の女性。ボリュームのある灰色ツインテール髪をした女性。着ている服は黒生地に濃紺のレースがほどこされたヒラヒラな衣装。ありていにいうとゴスロリ。見覚えのある、というかオレにとっては、彼女以上に見覚えのある女性はこの世にいない。
「こ、殺す気かっ!!」
そういって、ゲホ。と咳をする女性。
顔は煤け、服なんかはボロボロだったが、その姿とは対照的に、声色はコントのオチのように軽い。
……本当に死にそうな人は「殺す気かっ!」なんて、ぜったい言えないと思う。
とはいえ、よかった。
オレは胸をなで下ろす。
「母上!」
オレはその女性に駆け寄った。
――そう
……自分の母親のもとへ。
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