第8話  オレの心も白く濁っている

「ハクちゃんよろしくね」


「よろしくなー勇者」


「……意外とすんなり受け入れるんだな」


 さすがグリーンは、異世界の人間だなと思った。ファンタジー世界の住人は”こういうこと”には慣れているのだろう。魔法、魔物、魔王までいる世界の住人だ。常識の前提が違うのは、ある意味オレにとっては救いだった。

 ……異世界の人間に理解されやすいオレの境遇というのも、なかなか悲しいものがあるのだが……。話がはやいのは、とにかく助かる。


「なーなーシロ。はやく! はやくクルピスのもう!」


「そうだなハク。で? きょうはどうやって飲む? ロック? 水割り?」


「久しぶりじゃから、ここはストレートじゃな」

 ハクはクルピスを原液で飲みがちだ。それって、薄めて飲むこと前提の商品であるクルピスだと、ぜったい濃いと思うんだけど……


「ハクはクルピスのストレートね、わかった。グリーンはどうする? お薦めはだんぜんストレートだ」 


「……そんな貴重なもの。あたしは飲めないよ」


「貴重? なんで? クルピスが?  また買ってくるからべつにいいよ」


「……買ってくる?」 


「あ……。ちがう違う! 買ってくるじゃなくて”狩って”くるね。ハンターのほう。怪物を狩ってクルピスを手に入れる!」


「ハクト、それなら、あたしも手伝うよ!」


「これは心強い。勇者はある意味でハンターのプロだしな。そのときは頼む」

 超テキトーに答えるオレ。怪物なんて実際はいないから、そんな機会はないけどな。――そんなことを考えつつ、とりあえずグラスに氷を入れて、グリーンの分のクルピスを注ごうと準備する。



「ああああ!!!!」



 グリーンとの会話をさえぎるように、ハクの悲鳴にも似た声が部屋に響いた。

 おくれて――たぷん。たぷんと液体がこぼれるような音。


「あわわ!! うわーん! なんてことじゃ、わしのクルピスがあ!」


 ……ハクがクルピスを盛大にこぼしていた。

 持ち上げて掲げていたのだろう、口元から下がべっとりだ。

 やや粘性のある液体。ここはあえていおう! クルピスでは無くと。……うん、この場合……主に濁っているのはオレの心。


 そんな白濁液がハクのワンピースを濡らし、ぺったりとはりついて、カラダのラインをうかびあがらせていた。そんな様子を目のあたりにして、オレの喉が――こくり。と鳴った。


「……も、もったいないのじゃ!」


 猫のようなしぐさで、じぶんのカラダについた白濁液を舐めとるハク。


「シロ! なにをしているのだ! ぼーっとしていないで、お主もはやく手伝うのじゃ、もったいない!」


「!? 手伝う?」


 舐めてもいいぞホレ。と足をつきだすハク。


「そ、そんなことできるわけ――」

 いや、まてオレ……。この機会を……。

 脳の奥がじんじんするような感覚に、オレは倒錯を覚える。


(ちょっとだけなら……)


 本人はまったく意識していないだろうけど、こういうときのハクは蠱惑的だ。

 生物が瞬間のみ放つ類いの、輝かしい美。

 その美を永遠に留めるであろう存在。ハク。

 オレは見慣れているはずなのに、思考がとまって見とれてしまう……。

(なんとうつくしい生き物だ)と、こころの底から思う。


 神様が生き物の範疇に入るのか謎だけど。

 


 ――ぺしっ。



「痛っ」


「なに口開けて硬直しているのよハクト。キモチ悪い! ハクちゃんを、お風呂に連れていってあげなさいよ!」


「そ、そうだな……」


 ……グリーンがいなかったら危なかった。オレは確実に、舐めていた。


「ほら、風呂にいくぞハク」


「えー。もうちょっと、もうちょっと舐めてから……」


 オレは急かすように、ハクの肩を押した。ほそい肩にもぺったりとクルピスが付いている。

 押した自分の手にもついた、その液体を――

 オレはすこしだけ舐めた。


 部屋には、甘酸っぱい香りが満ちていた。

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