僕の身は、いつ固まるだろう?

ファイヤー★アップル

第1話  前編

その日は、台風だった。川の水が溢れ、人間界を襲おうとしていた。それを見兼ねた神が呪文を唱え、小さな水の塊を幾つも作り出した。「お前達は、川の水より生まれし水族。形を持たぬ生き物。今日より、人間界のあらゆる場所で身を潜めて生きよ。」こうして、水族達は、神の魔力で、人間界の様々な場所に、飛ばされた。


やあ。僕は、水族のム。ムという名は、無形から来ているんだ。水族は、皆、この名で生きる事になる。誰かに名前を付けて貰わぬ限り。実は、僕らを飛ばす際、情報をインプットさせられたんだ。僕は、これから、変形して生きる事になる。触れたモノなら、何にでもなれるらしい。ただし、基本は、なりたいモノに触れたら、それになりたいと、強く念じねばなる事が出来ない。初回のみ、触れたモノに、自動変形する。どんなモノになれるのか、ワクワクしている。


晴れた日のとある公園。神の魔力は、この辺りが限界なのか、遂に、地上に降りる時が来たらしい。僕は、いつの間にか、花になっていた。今日は、幼稚園の年少達が遊びに来ているらしい。ある一人の少女が、僕の前に座った。

「わあ、カワイイ。」

少女は、ほんわりとした笑顔で僕に語った。

「私は、希癒。あなたは?」

僕も知りたい。

「これは、朝顔と言うのよ。」

「朝顔。」

彼女は、目を輝かせ、僕を見ていた。これが、希癒との出会いだった。

それから、彼女は、毎日、僕を見にやって来た。

「こんにちは。」

すると、僕の花びらに触れた。

「よく見るとラッパみたいで面白い。」

笑顔の彼女は、とても可愛らしくて、ずっと見ていたいと思った。

しかし、周りの朝顔達が次々に枯れて行くのに、僕だけ咲いているのは、不自然だ。他のモノに、姿を変えねば。そんな時、彼女が走ってやって来た。

「良かった。まだ咲いていてくれて。もう会えないかと思った。他は、枯れて行くのに、あなたは、長持ちするのね。家で育てたいから、持ち帰るわ。」

その矢先、彼女の幼稚園鞄が僕に接触したので、急いで念じ、彼女の幼稚園鞄になり、地面に落ちた。

「あれ?朝顔さん?どこ?」

彼女は、涙ぐんだ。しかし、鞄になった僕を見つけた。

「もしかして、朝顔さんの生まれ変わりかな?」

そうだよ。僕は、君をもっと見ていたくて、生まれ変わったんだよ。


翌日から、幼稚園鞄に、僕を使用する様になった。

「キッチ。どうしたの?良い事でもあった?」

「セッツ。聞いて。この鞄、公園の朝顔の生まれ変わりなんだよ。」

「そうなの?」

「いつもの朝顔さんを見掛けたと思ったら、突然消えて、地面に、この鞄が落ちてたの。」

「じゃあ、今は、同じ鞄が2つ有るの?」

「そう。」

良かった。君に元気が戻って。


ある日、彼女は、自宅で絵を描き、僕に見せた。

「鞄さん。見て見て。真ん中がお城。左が王子様で、右がお姫様。いつか、私の前に、王子様が現れないかなー。」

大丈夫。信じていれば、きっと、現れるよ。


幼稚園の休み時間、彼女は、必ず、僕を肩から掛けている。

「キッチ。帰りじゃないのに、鞄を肩から掛けてるんだね。」

「大切なお守りだから。」

僕をお守りだなんて、とても嬉しい。少しは、君の約束に立てているのかな?

「キッチ、セッツ。魔法ごっこしよ。」

「誰が魔法少女になる?」

「キッチやる~。」

「じゃあ、ヒットは、叶えてもらう役やるね。」

キッチは、弁当に入れてあるお箸をステッキ代わりにした。そして、ステッキをに向け、「シャイン・ミラクル・スター。ケーキ食べ放題。」と呪文を唱えた。セッツは、おもちゃのケーキを、有るだけ全部持って来た。

「わあ、おいしいそう。頂きます。」

とはいえ、幼稚園に置いてあるおもちゃのケーキは、イチゴしか無いのだが・・。ちなみに、これは、今、放映されている魔法少女アニメ『星の精霊ピモ』を真似ている。心の声を魔法で聞き、願いを叶えるのだ。


ある日の幼稚園帰り、キッチは、公園の滑り台で遊んでいた。肩に掛けられた僕は、滑り落ちる速さに快感を覚えていた。かれこれ、10回滑っている。

「鞄さん。どう?楽しいでしょ?」

うん。とても楽しい。でも、今の姿では、その気持ちは、伝わらない。その代わり、君の太陽の様な明るい笑顔を見て、癒されているよ。

次に、ブランコに乗った。前に後ろに揺れるのが、気持ち良い。キッチは、揺れながら、僕に、話し掛けた。

「高い高~い・・ていうか、まだまだ低過ぎだよね。もし、このブランコに魔法がかかって、空まで高く揺れるブランコになったらもっと楽しくなるのにな~・・。そう思わない?」

君は、本当に、魔法が好きなんだね。僕が、願いを叶えてあげられたらと思うけど、僕は、触れたモノと全く同じにしかなれないから、残念でならない。


11月11日。今日は、キッチの誕生日。なのに、彼女は、浮かぬ顔をしていた。一体、どうしたんだい?

「私は、良い事が2倍もある日に生まれたのだから、幸運だと、ママが言ってたけど、全然違う。私が欲しいのは、魔法なの。王子様を下さいと唱えれば、きっと、現れてくれるもの。そうでしょ?鞄さん。」

以前、僕に、王子と姫の絵を見せてくれたね。そうか・・君が魔法にこだわる1番の理由は、理想の人を出現させたいからなんだね。

結局、この日のプレゼントは、ウサギのぬいぐるみだった。


12月24日の夜。キッチは、窓を開け、星に祈っていた。

「サンタさん。私に、『ピモ』のステッキを下さい。そしたら、本当に、魔法が使える様になるでしょ?」

今迄、箸を代用していたものね。ステッキを貰って、本当の魔法少女気分になれたらいいね。

翌日、願いが叶い、『星の精霊ピモ』の魔法のステッキをゲットしたけど、使用して、何も起こらない事に、ショックを受けていた。ステッキを振れば、本当に、魔法が使える様になると思っていたんだもんね。でも、そういう純粋な気持ちを無くさないで欲しい。君の大切な宝物なのだから。


翌年の1月。今だに、ステッキショックが消えないキッチは、体調を崩し、初めて幼稚園を欠席した。幼稚園の帰りに、セッツとヒットがやって来た。

「二人共、ごめんね。心配かけて。」

「キッチがさ、クリスマス以来、急に、魔法ごっこしなくなったから、ずっと心配してたんだよ。ね、ヒット。」

「何でも話してよ。私達、友達でしょ。」

キッチは、涙ながら語った。

「クリスマスの日、『ピモ』のステッキを貰ったの。遂に、本当の魔法少女になれるって、嬉しくて。でも、実際に使用してみたら、何も起こらなくて・・。魔法なんて、無いものに期待してた自分が虚しくなったの。」

涙で溢れるキッチに、ヒットは、励ましの言葉を掛けた。

「無いものに期待するのは、自然な事。現実が何だって言うの。これからだって、今迄以上に期待し続ければ良い。叶えたい事があるんでしょ?魔法で。すぐ叶っちゃったら、つまらないよ。奇跡を信じてずっと待つの。待った分だけ、叶った時の喜びが大きいよ。きっと。」

キッチは、ヒットの言葉に癒された様だ。

「・・そっか・・そうだよね。私、お姫様になりたい。正確には、理想の王子様を出現させて、二人で、ずっと、幸せに暮らしたい。」

「お姫様気分になりたいって事?」

「そうなの、セッツ。ドレスを着たお姫様になる訳じゃなくて。セッツの夢は?」

「勿論、魔法少女だよ。ヒットは?」

「私は、魔法で、人の命を救いたいな。」

「それが叶ったら、お医者さん、いらなくなるね。・・ていうか、セッツは、心に魔法を持ってるね。私の心の病を直してくれたもん。私、応援してるから。ヒットの夢。勿論、セッツもだよ。」

今の僕は、ただ、見守る事しか出来ない鞄。こんなに近くに居るのに、君に言葉を掛けられないのが切ない。


4月になり、年長になったキッチ。幼稚園帰り、桜の木の下で、散り行く花びら達に向かって、両手を上に上げ、自分で考えた呪文を唱えていた。

「ピンク!ヒラヒラレイン!」

彼女は、すっかり、魔法使い気分に浸っていた。そんな中、スズメを発見した彼女は、しゃがみ、スズメの動きに合わせていた。スズメが小さくジャンプすると、彼女も同じくジャンプする。その後、警戒心が無くなったのか、スズメは、動きを止め、キッチを見ながら、チュンチュンと鳴いた。

「可愛い。」

彼女は、スズメを撫でた。スズメは、嬉しいのか、撫でられると、益々鳴き声をあげた。不意に、僕は、スズメが羨ましくなり、僕も撫でて欲しいと思った。

「ねえ、一緒に遊びましょ。」

キッチは、立ち、走り出した。すると、スズメも一緒に横並びについて行く。

「面白~い。」

僕は、ただ静止してるだけだから、つまらないよね。ずっと君を見ていたいのは、本心だけど、他の事より、僕を一番構って欲しいと思ってしまう。何故、この様な感情が生まれるのだろう。

暫くスズメと走り、今度は、その場で何度かジャンプするキッチ。すると、スズメも、その場でパタパタ飛んでは、降りを繰り返した。キッチは、すっかり、スズメと仲良くなった。

「スズメさん。また一緒に遊ぼうね。」

キッチが笑顔で言うと、スズメも反応し、鳴き声をあげた。きっと、スズメも、キッチと仲良くなれて、喜んでるんだろうな・・。僕は、キッチにとって、どんな存在なんだろう?

帰路、キッチは、不意に立ち止まった。

「鞄さん、ごめんね。退屈だった?私が、スズメさんと遊んでるから・・。」

僕に、気を遣ってくれてるの?

「言っとくけど、あなたは、私の体に掛かってるんだから、一緒にしゃがんだり、走ったり、ジャンプしてるんだからね。あなたと私は、一つなんだからね。あなたは、私が元気な時も、辛い時も、いつも傍で見守ってくれる。それが、どれ程心の支えになってるか、分かる?どんな私も静かに包んでくれる。私、とても幸せだよ。」

キッチは、僕を撫でてくれた。君は、心が温かく優しい。僕は、鞄の姿で彼女の傍に要られる事に、改めて、幸せを感じた。

翌日の幼稚園帰りも、公園に行った。スズメが何羽かいたが、キッチが、「スズメさ~ん。」と声を掛けると、一羽のスズメが反応し、彼女の所にやって来て、鳴き声をあげた。

「こんにちは。私を待ってくれて、有り難う。」

笑顔でスズメを撫でる君が、とても可愛らしい。・・ていうか、スズメは、君の事を覚えてるんだね。まるで、飼い馴らされているかの様だ。

「今日は、私の大切な友達を紹介するね。鞄さんだよ。仲良くしてあげてね。」

すると、スズメは、僕に近付き、擦れ合った。そして、嘴で僕をつついた。痛い痛い。何するのさ。

「フフ。」

そこは、笑う所かい?

「良かったね。スズメさんが、仲間だと認めてくれたんだよ。」

つつくのが、仲間の証なのかい?でも、そう思うと、心が安らぐ。こうして、今年の春は、スズメも加え、公園で楽しく遊んだ。


夏の公園。キッチは、朝顔を見ていた。当時、朝顔だった僕と君は、昨年、ここで初めて出会った。

「神様に感謝しなくちゃ。今は、鞄として、傍に居てくれる事。」

僕は、君が朝顔を見て、僕との出会いを思い出してくれる事が、とても嬉しい。

「キッチ~。」

「セッツ。」

「夏休みなのに、幼稚園鞄掛けてるの?」

「うん。私の大切な心の友だから。一緒に居ると、安心するの。」

「よし、今日の魔法ごっこは、生まれ変わりね。キッチさ、昨年、この鞄が朝顔の生まれ変わりだって言ったでしょ?そういう素敵な話、大好きなんだ。」

「何を何に生まれ変わらせるの?」

「ちょっと待ってて。後少しで来ると思う。」

「お待たせ~。」

「もしかして・・」

「そう、ヒットになって貰います。」

「何?面白そう。」

ヒットは、離れた所に行った。

「じゃあ、行くよ。ボーン・ヒット!」

セッツが呪文を唱えると、キッチが走り去るのと入れ代わりで、ヒットがセッツの目の前に走って来る。それで、生まれ変わった事になるらしい。同様の事をセッツがキッチに。ヒットがセッツに生まれ変わると繰り返した。

「ヒットは、何に生まれ変わりたい?」

「私は、人魚かな。泳いでる時、どんな感じなのか体験してみたい。そういうキッチは?ちなみに、魔法使いは、無しね。」

「え~?無し~?えーと・・そうだなー・・スズメさん。小さくて、鳴き声も可愛いし。セッツは?」

「魔法使いしか考えられない。魔法で、自分の願いを叶えたい。」

自分の願いか・・。僕の願いは、このままずっと、キッチの傍に居る事だよ。


早いもので、もう11月。今日は、キッチの5歳の誕生日。今年は、両親に、何もねだらず、プレゼントを貰っていない。本当に、それで良いのかい?

「私の事は、どうでも良いの。今日は、あなたに、プレゼントしたいものが有るの。」

僕に?一体、何をくれるの?そう思った瞬間、キッチは、僕に口付けた。え?え~?僕の心は、ドキドキした。

「私をいつも見守ってくれるご褒美。本当は、こういうのって、恋人にするものだと思うけど。」

この時を機に、僕の頭の片隅で、恋人という言葉が響き続ける事になる。


翌年の3月。卒園式。

「私達は、3人共同じ小学校だもんね。セッツ・ヒット。これからも、宜しくね。」

「私達の事は、ともかく、お別れしなきゃならない事が、一つあるでしょ。ちゃんと、心の整理をしなきゃ。」

「何の話?ヒット。」

「確かに。もう、幼稚園でなくなるもんね。」

そうか。卒園すれば、僕は、用無しになるんだ。久々に、変形が必要な時が来た様だ。でも、キッチの事が心配でならない。僕が姿を変えて、欝にならないだろうか?

家に帰ると、キッチは、赤いランドセルを渡された。彼女の母の話では、今月中に、僕は、捨てられるらしい。彼女は、必死で捨てるなと抵抗したが、ずっと持っていても、ゴミになるだけだと譲らない。結局、抵抗し切れなかった彼女は、部屋に戻り、僕を抱きしめ、涙した。

「嫌よ。別れるなんて嫌。これからも、ずっと、傍で、私を見守って欲しいの。どこにも行かないで。」

僕を想い、涙してくれる彼女を置いて、変形なんて出来ない。僕は、彼女の気が済むまで、この姿でいようと心に決めた。


30日。この頃、キッチは、外出せず、部屋で、僕を抱きしめ続けていた。

「温かい。」

それは、僕でなく、僕を慈しんでくれる君の心が、温かいんだよ。

この日の夜、キッチの母が、明朝、僕をゴミに出すと言った。キッチは、まだ、心の整理が出来ていなかった。

「本当に、お別れなの?もう、会えないの?また、生まれ変わらないの?」

残念だけど、この姿では、お別れだよ。

「・・そうだ。私、何で、今迄思い付かなかったんだろう。」

彼女は、赤いランドセルを持って来た。もしかして、僕の変形の仕方を知ってる?

「朝顔さんが居なくなった時、私が幼稚園鞄を掛けていた。つまり、目的のモノをしっかり目に焼き付ければ、それになれるって事よね。」

正確には、目的のモノに触れ、強く念じねば変形出来ない。

「じゃあ、あなたの横にランドセルをくっつけとくね。私の為に、再び生まれ変わってくれると信じてるからね。」

やっと、心の整理が着いたんだね。勿論、君の傍に居られるなら、何度も変形するよ。別の姿で、また会おうね。僕は、強く念じ、ランドセルに変形した。キッチは、目の前で、急に、僕が消えた事に驚いていたけど、すぐに、ランドセルが2つあるのを見つけた。そして、目を輝かせた。

「す・・凄い!本当に変わった。これからは、ランドセルの姿で、私の傍に居てくれるのね。これって、やっぱり、魔法?凄い凄~い!」

彼女は、喜びに溢れ、興奮しながら、僕を両手に持ち、頭より高い位置に上げ、ぐるぐる回っていた。その後、本物の幼稚園鞄が捨てられた。



4月。小学生1年になったキッチ。学校は、坂道が6つあり、15分歩く。自宅前と学校直前に、大きな坂が2つ。後は、中位の坂1つと小さな坂が2つある。僕は、背負われながら、いつも歩き疲れる彼女を見守っている。

「あ~・・何で坂ばかりなの?何でこんな距離を歩かねばならないの?」

君は、一人じゃないよ。僕も一緒だよ。

学校に着くと、僕は、机の横に掛けられる。セッツもヒットも同じクラスである。

「ヒットは、すぐ近くで、坂が無くて、羨ましいよ。」

「私は、そうだけど、セッツの方も坂があるでしょ?」

「私は、2つかな。」

「良いな~。私が一番、坂多いよ。これから、6年間、この道を通うんだよ。堪えられないよ。」

僕は、このまま、6年間、この姿で居続けようと思っていた。しかし、教室を離れる授業の時、僕は、教室に残され、淋しかった。休み時間、キッチは、外遊びが多い為、僕は、置いて行かれる。キッチに会いたくて、たまらなくなる。以前は、ただ見守る事に、幸せを感じていたのに、この頃、この姿の僕に、何の意味があるのだろうと思ってしまう。僕は、キッチの役に立ちたいんだ。


ある日の授業で、公園で花のスケッチをする事になった。鉛筆と配布された白紙を持ち、出掛ける事になる。ああ、せめて、鉛筆になれたら良いのに。そう願っていたら、隣の席の子の手から鉛筆が落ち、ランドセル姿の僕にぶつかった。よし、今だ。僕は、急いで念じ、鉛筆になる事が出来た。しかし、その直後、隣の子が驚いて叫んだ。なぜなら、ランドセルが消え、鉛筆が地面に落ちたからだ。ただ、キッチの傍に居たいという感情で溢れていた僕は、周りの目など、気にならなかった。

お手洗いから戻って来たキッチは、周りが騒然としているので「どうしたの?」と聞いたら、セッツとヒットを除き、皆、逃げて行った。キッチは、机の横を見た。

「ランドセルが無い。どこ?」

「私が魔法を掛け・・」

「セッツ。そんな事言ってる場合?とにかく、早く行きましょ。皆行ったわよ。」

「私の大切なランドセルだったのに。」

「私の姉のお古があるから、持って来るよ。」

「さっすが~、ヒット。確か、今年、中学になったんだっけ?」

「でも、あれは、世界に一つしか無いの。」

「フッフッフ!やはり、魔法少女セッツ様の出番が来た様ね。私が魔法を掛け、そこの鉛筆になったのさ。」

セッツが地面を指差し、キッチは、鉛筆を拾った。

「でも、これ、他の人のじゃない?私のは、筆箱に全部入ってるし・・。」

ヒットは、キッチの肩をポンと叩いた。

「きっと、退屈したのかもね。幼稚園の頃も、教室を離れる事はあったけど、休み時間の度に、鞄を掛けてたでしょ。だから、鞄さんは、満足してた。でも、今の私達は、外遊びが主だし、キッチも、休み時間に、鞄に触れなくなったでしょ。」

キッチは、しょぼくれた。

「そっか・・全然気付けなかった・・鞄さんの気持ち。傍に居て欲しいって頼んだの、私なのに、そんな私が鞄さんの傍を離れるなんて、最低だよね。」

違うよ。最低なのは、僕だよ。鞄の姿で、ずっと傍にいると誓ったのに、勝手に姿を変えてしまった。何とお詫びをすれば良いのか、分からない。

「キッチは、何も悪くないよ。・・ていうか、鉛筆に姿を変えてまで傍に居たいなんて、素敵。性別は、男性かな?」

「ただのモノに性別があるの?・・まあ、敢えて考えるなら、男性かな。愛する人の前では、格好良い所を見せたいって感じ。鉛筆なら、削って、かなり小さくなる迄は、役に立ってくれるでしょ。余程、好かれてるんだね。彼に。」

セッツもヒットも鋭い。僕は、神に、男として命を与えられた。元は、ただの川の水なのに、性を与えるなんて、神は、面白い事をするものだ。

「私、幸せ者だね。形を変えてまで傍に居てくれる幼馴染みが居る。鉛筆さん。心配かけてごめんね。よし、行こう。」

キッチ。僕の方こそ、心配かけてごめんね。

公園に到着。今回は、チューリップを描く事になっている。紙の上を動いているのが快感だし、鞄として、じっとしているより、こちらの方が、役に立っている感じがして良い。それに、キッチの僕を握る手の温もりが、心地良い。

「私、まだ信じられない。元鞄さんを握ってるなんて。」

キッチは、僕に、笑顔を見せてくれた。キッチ。どんな姿の僕も受け入れてくれて、有難う。


公園のスケッチ以来、僕は、授業や休み時間の外遊び、家での勉強で使用され、喜びを感じていた。ちなみに、今は、休み時間。3人の休み時間は、決まって、魔法ごっこである。僕は、ステッキ代わりに使用される。今日は、飼育小屋。キッチは、暴れ回っているニワトリを静止させようと、僕の芯を、ニワトリに向け「ストップ!」と叫んだ。本物の魔法でないから、上手く行かない。

次は、セッツの番。

「コッコ!お黙り!さもなくば、丸焼きにして食う!」

それは、呪文でなく、忠告では・・。次は、ヒット。「今日は~もう~疲れ~たでしょ~。・早くおね~むり~。」

子守歌なのか?

「ニワトリってさ、ホント元気だね。」

「脅してやれば、止まると思ってたが、甘かった!チッ!」

「音が適してると思ったのよ。ほら、金の竪琴ってあるでしょ?竪琴を鳴らすと、金の卵を産む話。」


時が経ち、削られ続け、小さくなった僕。そろそろ、次のモノに変形せねばならない。ちなみに、今、キッチは、自宅で、僕を使用し、勉強中。

「あなたには、本当に、お世話になってるね。勉強にも遊びにも付き合ってもらって・・。鞄姿より、今のあなたの方が、親近感が湧くよ。」

そう思ってもらえて、嬉しいよ。

「そろそろ、姿を変えなきゃだね。」

今のキッチに、僕に対する悲しみは、無い。むしろ、変形に興味を示している様だ。

「何が良いかな?靴だと、一時的にしか、傍に居られないんだよね。うーん・・」

僕の今後を真剣に考えてくれてる。そんな君の優しさに、僕は、癒されている。


翌日、次の授業迄の10分休憩。

「あれ?無い。」

「キッチ。何があったの?」

「聞いて、セッツ。国語の教科書を家に忘れたみたい。」

「じゃあさ、私の貸したげるから、例の鉛筆を教科書の上に置きなよ。調度良かったじゃん。チェンジチャンス!」

キッチは、僕の次の変形を考え中だったのだが、今は、ピンチの為、仕方なく、セッツから借りた教科書の上に僕を乗せた。僕は、念じ、一瞬で、教科書に変わった。

「ごめんね。私の自業自得なのに、あなたを巻き込んでしまって。」

謝らないで。君のピンチは、僕のチャンス。一人で悩まないで、僕を頼ってね。

その後、キッチは、国語の授業で、先生に当てられ、僕を手に持ち、本読みをした。


休み時間の事。

「今日は、外に出ないの?」

「ごめんね。セッツ。彼を残して行きたくないの。」

「すっかり、教科書が彼氏って感じだね。」

「な・・何言ってんの?ヒット。そんな訳ないじゃん。」

赤面する君がとても可愛い。

誰も居なくなった教室で、僕とキッチは、二人きり。

「今日は、急に、教科書になってくれて、アリガトね。凄く助かった。あなたは、私の救世主だね。」

その矢先、彼女は、突然、僕に、口付けた。

「これは、お礼ね。」

僕は、彼女にときめいた。僕を、もっと身近に感じて欲しいと思う様になった。


その日の夜、キッチは、僕を布団の上に置いた。僕は、すぐに、布団に姿を変えた。彼女は、かなり驚いた。

「え?ちょ・・ちょっと。変わるの早過ぎじゃない?一体、どうしたの?」

僕は、どうかしているのかもしれない。きっと、僕は、君に、気に入られたいのかもしれない。

「しょうがないな~。今日は、あなたを掛けてあげる。折角、布団の姿になったんだもんね。」

キッチは、僕を掛けて横になった。

「何か不思議な気分。生き物を掛けるなんて。そう思うと、特別な温もりが伝わる。今日は、良い夢が見られるかも。」

どうしよう・・今更だが、僕の全てで君を包んでいるのだと思うと、ドキドキする。彼女に口付けられてから、僕の心は、平常心を保てなくなっている。君に、男として見てもらいたいという気持ちが強くなる。

「じゃあ、お休み。」

お休み、キッチ。僕の中で良い夢を見てね。いや、良い夢を見せてみせる。


翌日の朝。目覚めたキッチは、とても、嬉しそうだった。

「ウフッ・・ウフフフ。あのね、憧れのウエディングドレスを着て、結婚式にいる夢を見たの。そして、王子様にキスされたの。とても幸せ。」

彼女が幸せに浸ってくれるのは、嬉しいけど、もしかしたら、今回の夢は、いつか、僕が、キッチと結ばれたいという欲が見せたものかもしれない。いや、何言ってるんだ。僕は。彼女に口付けられてから、頭がどうかしてる。

暫く経ち、キッチは、僕の上に、ヘアゴムを置いた。

「とりあえず、今回は、これになっといて。」

僕の次の変形物を真剣に考えてくれる君の優しさに、心を惹かれてしまう。本当は、布団の時の様に、君の全身に触れたいけど、例え、一部でも、君に触れられる事に変わりないんだ。僕は、ヘアゴムに変形した。


学校では、キッチが、僕を自慢していた。

「二人共、見て見て。」

「ピンクのゴムに、黄色の蝶が付いてる。可愛い。

「何か、裏がありそうね。」

「鋭いね、ヒット。実は、彼なんだ。これ。」

キッチは、昨日の夜からの事を、一部始終話した。

「・・ていうか、早過ぎじゃない?教科書になったばかりだと思えば、当日の内に布団になり、今日は、ゴムに。一体、何があったの?」

「セッツは、鈍感ね。愛する女性を抱きしめたい男心が分からないの?」

キッチは、赤面した。

「ちょ・・ヒット。何言ってんの?そもそも、男かどうか分からないでしょ。私は、ただ、二人が男だって言ってたから、それに乗って、彼って言ってるだけだからね。」

「全身を包む・・つまり、抱きしめてるのと同じよ。彼、きっと、キッチに恋してるんだよ。」

更に赤面するキッチ。

「でも、女の子のヘアゴムに変形するなんて、オネエ系?」

「もう。ヒットもセッツも変な事言わないで。」

その直後、男子がやって来て、僕を見て可愛いと言い、触れた。何するんだ。僕は、キッチだけのもの。僕に触れて良いのは、彼女だけだ。・・て、何言ってるんだ。僕は。頭の中が興奮状態に陥っている。僕の中に、何が起こったんだ?ヒットの言う様に、僕は、恋というものをしているのか?


休み時間。昇降口から外に出た瞬間、僕にボールが当たった。人の頭にボールをぶつけるなんて許せない。キッチは、僕が守る。僕は、当たった瞬間、ボールに変形し、当たって来たボールを下に落とした。

「イッタ~!」

「彼さ、守ったつもりかもしれないけど、既に頭に当たっちゃってるし。」

「何の事?セッツ。」

「まあ、良いじゃない。愛する女性を危険から守ろうとするなんて、真の男じゃない。」

「ヒットまで、一体、何の話?」

「下を見てみなよ。」

ヒットの言う通り、下を見ると、同じボールが2つ落ちていた。

「まさか・・。」

キッチは、髪を触り、ヘアゴムが付いてるか確かめた。

「無い。ゴムが付いてない。そっか、今度は、ボールになったんだ。」

「丁度良いじゃない。4時間目の体育は、ドッジボールだし、彼を使用してもらったら?」

「良いじゃん、それ。大活躍で男力アップだよ。」

セッツの言う様に、男力アップするだろうか?キッチに、一人の男として、認めてもらえるだろうか?


4時間目の体育。いよいよ、僕の出番だ。キッチの力になれる様、精一杯頑張るよ。それにしても、周りは、僕を見て、爆笑していた。僕に、笑顔が大きく落書きされているからだ。勿論、ちゃんとした理由がある。一旦、ボール倉庫に片付けられる為、何も書いていないと、どれが僕だか分からなくなるからだ。ちなみに、落書きしたのは、マジックを持参していたセッツだった。先生は、何故落書きしたのかと激怒したが、セッツは、どうしてもこれを使って欲しいからだと言った。周囲が、そのボールが有れば楽しくなりそうだからと僕を使用する事に賛成した為、先生は、やむを得ず、許可した。

ゲームスタート。キッチは、とにかく、必死で逃げた。

「私、ボールを取るの苦手なの。」

「お腹に強く当たりでもしたらとか、顔面に当たるとか考えたら、恐怖だもんね。」

ちなみに、キッチとセッツが同じチームで、ヒットが違うチーム。

暫くして、相手チームが、僕を、キッチに向けて投げた。加速する僕。ああ、どうしよう。君を傷付けたくない。君を守りたい。頼む。減速してくれ。僕は、自分に強く念じた。すると、奇跡的に、減速に成功した。

「キッチ。あの程度なら取れるんじゃない?」

「え?ヤダ。恐い。」

「彼を信じて。」

キッチ。大丈夫だよ。今なら、まだ逃げられるよ。早く逃げて。ところが、逃げるかと思いきや、僕を受け取る態勢になった。どうか、キッチが無事に、僕を取れます様に。僕は、減速したまま、ソフトに、彼女の手に落ちた。

「キッチ。やったね。ちゃんと、ボール取れてるよ。」

キッチは、茫然とした。


4時間目終了後、まだ校庭に居る3人。キッチは、僕を手に持っている。

「私、本当に、ボールを取ったんだよね。」

「そうよ。真っ正面からちゃんと受け取ってた。」

「ヒット。今でも信じられない。ボール恐怖症の私がボールを取ったなんて。」

「彼を信じた結果よ。・・ていうか、自分の意志で減速出来る能力があるなんて、驚いた。」

「でも、彼は、人の力を借りなければ、動けない筈。」

「フッフッフ。これこそ、愛の力さ。キッチを守りたいという強い男心が、彼自身を変えた。」

「セッツ。良い事言うじゃん。」

キッチは、僕に、感謝の言葉を述べた。

「きっと、あなただから、取れたのかもしれない。私の為に、減速してくれて、有難う。とても優しいのね。」

そう言われると、照れるよ。それに、益々、君にときめいてしまう。


それから、キッチは、毎日、ボールの僕を手提げ鞄に入れて登校。休み時間には、僕を外へ持って行き、セッツやヒットとパス回しをして遊んだ。帰宅すると、僕は、机上に飾られる。

「いつも、有難ね。お陰で、ボール遊びが楽しくなったよ。」

体育の時間には、使用されなくなったけど、キッチが、「私、あなたでないボールも恐がらずに取れる様になったの。いつでも来いって感じで。こうなれたのは、あなたのお陰よ。ボールを見る度、あなたが、大丈夫だよって言っている様で、ホッとするの。」と言ってくれて、幸せなんだ。ボールになって、良かった。


7月になり、体育では、晴れの日に、プールをやる様になった。プールが始まる前日、僕の上に水泳帽が置かれた。君が望むなら、どんな姿にもなるよ。・・という訳で、今、キッチは、水泳で、僕をかぶっているのだ。最初から泳げる訳でない為、ビートばんを使用している。

「楽に進めて気持ち良い~。」

楽しそうだね。キッチ。そういえば、僕、最初は、水だったんだよね。だから、懐かしさを感じる。


8月。僕は、麦藁帽子になった。いつも通り、キッチが僕の上に物を置くパターンである。

海に出掛けた彼女は、陸で大きな亀を発見し、撫でた。

「亀さんに触れたから、私、長生き出来るかな?」

その後、何故か、僕は、亀の甲羅の上に乗せられた。

「私が生きてる間は、あなたにも、生きてもらわなきゃ。だって、色んなモノになってくれるから、楽しいもん。」

僕を必要としてくれる事、とても嬉しいよ。でも、残念ながら、僕には、寿命が定められてるんだ。でも、まだ大丈夫だから、心配しないで。


10月。今日は、運動会。先月から、僕は、体操着になり、運動会の練習を見守っていた。

今、リレー中で、次がキッチの番である。彼女は、自分の直前になると、緊張してしまい、練習期間中、渡されたバトンを落としたり、バトン待ちの間に、突然倒れた事があった為、心配でならない。キッチは、体がブルブル震えている。そういえば、以前、僕がボールで、ドッジボールの時、自分の意志で減速出来た。それなら、今回も出来る筈。僕は、強く念じ、彼女に、励ましの言葉を掛けた。『一人じゃない。僕も付いてる。一緒に頑張ろう。』その矢先、キッチは、「誰?」とつぶやいた。僕の想いが、彼女に届いたのだろうか?震えていた体が落ち着いた。そして、バトンを無事に受け取り、キッチなりに、走り抜いた。

「キッチ、お疲れ。」

「アリガト、セッツ。でも、他のクラスの人が速くて、結局、ビリだった。」

「そうは言うけど、落ち込んでる様には、見えないよ。」

「ヒットは、私の心が読めるんだね。バトン待ちの時、私の頭に、声が響いたの。『一人じゃない。僕も付いてる。一緒に頑張ろう。』って。そしたら、感動で涙ぐんじゃって、自分の精一杯で良いんだって思えて来て、落ち着いて走れたの。」

「愛ですな~。」

「何言ってんの?セッツ。」

「そうよ、愛よ。体操着の彼が、キッチを励ましたんだよ。」

「でも、体操着が喋れる筈無いんだけどなー。」

僕の声が、キッチに、ちゃんと届いたんだね。キッチが無事に走り終える事が出来て良かった。


12月。寒い日が続き、キッチは、手袋をし、学校に行く様になった。ちなみに、その手袋は、僕である。君の手を温めるという大役を任され、とても幸せだよ。今日は、雪が積もっている為、休み時間は、雪だるまを作って遊ぶ事に。

「愛する人の手を温めるなんて、さすが、男だねー。カッコイー。」

「ちょっ・・セッツ。変な事言わないで。」

「キッチ。少しの間、手袋外してもらって良い?」

「良いけど、どうしたの?ヒット。」

ヒットは、木の枝を2つ拾って来て、雪だるまの頭に刺した。そして、僕を、右と左それぞれの木の枝にかぶせた。

「何か、トナカイの角って感じだね。」

「感謝の角よ、セッツ。いつも、キッチの支えになってくれて、有難う。ほら、キッチも言わなきゃ。」

「勿論。いつも、傍に居てくれて、有難う。」

こちらこそ、君の傍に居させてくれて、有難う。僕を大切にしてくれて、有難う。これから先も、どんな事があろうと、君と共に歩んで行きたい。僕も、君を大切にしたい。


翌年の正月。キッチは、僕をして、お参りに行った。

「今年も、あなたと楽しく過ごせます様に。」

僕も同じ事を祈るよ。

「何か、恋人とお参りに来たみたい。」

それは、僕を男として見てくれてるという事?何だか、照れるよ。

「これからも宜しくね。」

キッチは、暫くぶりに、僕に口付けた。僕は、幸せ過ぎて、興奮状態に陥った。


自分の強い意志で、心の声を伝えたり、自分の動きをコントロール出来ると知った僕。試しに、飛べと強く念じたら、本当に、飛べる様になった。まるで、魔法使いになった様な気分だった。飛べる様になったので、自らマフラーの上に着地し、マフラーになった。

「あれ?手袋さん?何処に行ったの?おかしいなー。自ら動けない筈なんだけど。」

マフラーになった僕を見つけた時は、かなり驚いていた。

「ウソ!そんな事って有!?」


3学期になり、僕が自らマフラーになった事を二人に伝えたキッチ。

「そういうの大好き。是非、弟子にして下さい。あたし、魔法少女志望だから。」

「魔法使いなの?」

「よく分かんない。でも、触れたら変わったり、自分の意志で飛んだり・・。ていうか、ドッジボールの時の速度調整とか、運動会のリレーの時の私へのメッセージも全て、彼の意志によるものなら、きっと、魔法を使ったのかもね。」


休み時間、3人は、僕を使い、魔法ごっこをする事に。

「じゃあ、お願いね。」

キッチの頼みなら、何でも聞くよ。まずは、セッツから。

「マフラーよ!飛べ!」

僕は、意志の力で空中に飛んだ。

「凄ーい!ホントだ。まるで、本物の魔法使いになれたみたい。」

次は、ヒット。

「教卓まで飛んで。」

キッチの机が一番後ろだから、教卓まで、少し距離があるけど、トライしてみよう。3人は、教卓に向かって飛ぶ僕を追い掛けた。

「頑張れー。」

キッチが、僕を応援してくれてる。僕は、君の期待に応えたい。君に、カッコイイところを見せたい。そんな想いで飛んでいたら、すんなりと、教卓に飛び、着地に成功。

「よく頑張ったね。」

キッチに褒められ、撫でられ、とても幸せな僕。

「マフラーよ、私の首に巻き付いて。」

え?僕が自ら?どうしよう。ドキドキする。

「男でしょ。考えてる場合じゃない。愛する人のハートを奪わなきゃ。」

「ほら、時間の無駄だぞ。キュッと巻き付いちゃえ。」

ヒットとセッツの言葉にドキドキさせられ過ぎて、不思議な事に、飛べなんて、まだ念じてもいないのに、勝手に飛んでいた。

「おいで。」

キッチが、僕に向けて、両手を広げた。そんな君の心の温かさに、益々ドキドキし、頭が真っ白になり、いつの間にか、彼女の首に巻き付いていた。

「全く。あたし達が言わなければ、動けないなんて、素直じゃないなー、君は。」

「キッチが唱えてから1分経過して、やっと、動いたもんね。」

我に返り、キッチの首に巻き付いている事に、緊張し、発熱してしまった。これも、今迄に無い現象だ。何故だろう。彼女の役に立ちたくて、マフラーになり、彼女が僕を巻くのは、何とも無いのに、自ら、彼女の所に飛び込むとなると、どうして・・。

「アツッ・・。」

「どした?キッチ。」

「セッツ。大変。マフラーが、急に熱いの。」

「温かいの間違いじゃなくて?」

セッツとヒットが、僕に触れた。

「アッツー。」

「早く外した方が良いよ。」

キッチは、僕を、教卓の上に置いた。

「一体、どうしちゃったの?」

「やっぱさ、男なんだよ。」

「彼自身に、自覚が無いのね。」

「二人共、何の話してるの?」

僕に、一体、何の自覚が無いんだい?


3月。温かくなり、いよいよ、僕を首に巻く必要が無くなった。そういえば、神から与えられた変形回数は、15回。僕は、今迄の変形回数をカウントしてみた。すると、残り回数は、2回。僕は、ヒットが言っていた、自覚がないという言葉が気になっていた。それは、今後の変形に、重要な意味を持つのだろうか?もしそうなら、考えねばならない。僕の今後について・・。

「もう、1年生も終わりかー。」

終わり・・そうだ・・今の僕を、一度終わりにしなければ。一度、キッチと距離を置くんだ。僕がキッチに抱く気持ちが何なのかを知る為に。

「じゃあ、行って来るね。帰る迄に、次に、なってもらうの、考えとくね。」

キッチ。行ってらっしゃい。そして、サヨナラは、言わないよ。また、君の所に戻るから。僕は、自分の意志で飛び、彼女の母が、ゴミ捨てに行く為、玄関を開けた隙に、飛び去った。




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