第17話

「シロ・・・?」


 痛くてたまらない身体を押さえて、ナガメはかすれた声で青年に問うた。そんなことはあり得ない。魔物は人になることはできないなんて常識は、今のナガメにはなかった。

 そんなことよりも、このテスターが。自分のパートナーが泣きそうな顔をしていることが嫌だった。


「大丈夫、痛くないよ。シロ」

「・・・人なんて嫌いなのに。ナガメだから、ぼくは・・・」


 泣きそうに歪められた瞳に、左手を伸ばす。無事なはずのそれ、全身が重くだるくて仕方がなかったが、それでも。このテスターの、シロの目にたまって、決壊寸前のそれを拭う。


「ながめ・・・」


 ぎゃおおおおおおおおおおおおおおおん!!


 本日何度目かの咆哮が轟く。

 それにざっと顔を青ざめさせるナガメ。そうだ、涙を拭っている場合ではない。逃げなければ。

 上にのぼる階段はシロが背景にしている紅水晶を曲がってすぐそこだった。


「シロ、逃げて! おれはいいから、重いし! シロだけでも」

「平気。ナガメ、待っててね」


 そういうと、シロは隆起した紅水晶にもたれ掛けさせるようにナガメを置くと、離れ際に呟いた。


「‘埋めつくして‘」


 ばきんと音がした。続いて、ごきんばきんばきばきぼきんとまるで骨を折るような音がして、シロの身体が苦し気にくの字に歪む。苦痛に悶える様を、ナガメはただ見ていることしかできなかった。


「うわあああああ!!」

「シロ!」


 力の入らない左手足で砂を掻く。一生懸命にシロに近づこうとするが、重い身体は動いてなんてくれない。せいぜいが身体が少しずれる程度だ。もどかしい思いでそれを見ていたからかほんの一瞬であろうそれが、ナガメには随分と長く感じた。


 その声につられてどすん、どすんとドラゴンが歩いてくる。1歩ごとに地が揺れ、砂埃が立つ。


 とうとうシロの前まで来ると、それはシロを踏みつぶそうと、鋭い鉤爪のついたナガメの血で汚れた足を持ち上げた。


「シロ!」

 

 ずどおおおおおおおおんん


 何のためらいもなく。ドラゴンの足がシロを踏みつぶした。

 地が揺れ、もわもわと立ちのぼる砂埃に、ナガメは愕然と喉を震わせた。


「シロ・・・シロ!」

「大丈夫、ナガメ」

「・・・え?」

「見ててね」


 シロの声がしたかと思うと不自然にドラゴンの片足。シロを踏みつぶした方が少しずつ持ち上がる。


 だんだんと高くなり、シロの背丈ほど足が上がったとき、片足で自身を支えきれなかったドラゴンは轟音を立てて、砂埃とともに倒れ込んだ。


 地を揺るがす振動に呆然としていると、砂埃が晴れ平然とドラゴンの足を掴んで持ち上げるシロが姿を現した。

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