第16話
どぉん、どぉんと足音が近づいてくるのを感じたナガメは、感覚がなくなりつつある左手で首に巻き付いていたシロを階段の方へと放り投げた。
それでもできるだけ遠くに投げたというのに、ナガメに近寄ってこようとするシロ。ナガメは痛みで遠くなりそうな気を必死で繋ぎとめて、叫んだ。
「来ないで!」
「しゅー!!」
「君がおれのパートナーで、テスターでよかった。今までありがとう、シロ」
そっと目を閉じるナガメ。
どんっと近づいてきた足音が。ドラゴンの鋭い鉤爪のついた足が地に這いつくばったナガメを蹴る。
「っぐあ」
ボールのように蹴り上げられてその鋭い鉤爪に腹が裂かれたのを感じた。
どくどくと全身が心臓になったかのように鼓動を刻む。右腕も、右足首も、腹も熱かった。痛かった。でもそれよりも、ナガメは自分で遊んでいる最中はドラゴンはシロに行かないだろうと確信していた。これはそういう生き物だと。
ぽーんと空中に放り出されている間、走馬燈がナガメの頭の中をめぐる。
夕暮れ。初めてシロと出会ったとき、崖の下で遊んでいた自分が発見したのは血だらけの白蛇だった。虫の息と言ってもいいその白蛇は、それでもナガメが手当てをしようと手を伸ばすと、必死で牙をむいてきた。
その時のことを思い出して、ナガメの苦痛に歪んだ顔が少しだけ安らぎに凪ぐ。
だがそこまで思い出したとき、ナガメは違和感に眉をひそめる。
違う。確かに記憶はあっている。でもそれは家に帰ってからの事で、そこまでの記憶が違う。
そうあの日。シロを拾おうとしたら。崖とは反対側にある持ちから出てきたのだ。ゆうに3mはある巨体。茶色い毛並みに覆われて、小さな口から見える牙はのこぎりのように鋭かった。小粒の目は黒く、太く短い手足には鋭い鉤爪のついた熊が。
「え?」
幼いナガメはそれが見つけたらすぐに逃げなくてはいけないものであることを知っていた。
でも、それでも。
自分の次に襲われることが分かり切っている白蛇を放っておくことはできなかった。だから、白蛇をそっと掴んで逃げたのだ。少しでも離れようと。
それでもやっぱり子どもの足では追いつかれて。
せめて白蛇だけでも逃がそうと背にかばった。熊を見据えようとしたナガメの目に入ってきたのは、夕日に光る鋭い鉤爪がふり上げおろされる瞬間だった。
おかしい。
そこから先を覚えていない。ただいつの間にか熊はいなくなっていて。
ナガメは怪我もなく、ただ爪で裂かれたようにボロボロになり血のりが付いたTシャツを着ていたのだった。だから、怪我だらけの白蛇を家に連れて帰ったのだ。
そう。確かあの時。声がした。爪が振り下ろされる直後。痛くてたまらなくて、遠い意識の向こう側で。聞こえてきたのは。
『君が・・・』
「君が、そんなだから」
この声だ。
今にも泣きそうな声に、ナガメは薄目を開けた。
目に入ったのは紅水晶から降り注ぐ白い光に輝く赤い髪、見たこともないくらい綺麗な顔立ち。泣き出しそうな、青い目。いつから立っていたのかわからないがその青年が、空中に放り出されたナガメを受け止めた。
どさっと横抱きにされて途端に重力がかかり、痛く重くなる身体。青年が着ている白いYシャツにナガメの血がべっとりとつく。
そんなことより。ナガメはその眼を、この青い目を知っている。
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