第14話

 その姿は漆黒。きらきらと艶のある漆黒の鱗が紅水晶から漏れ出た光に輝いていた。

 鋭い輝きのある金色の猫目と、大きく裂けた口には刃に似た牙がびっしり。それらを内包する顔は逆三角に近かった。

 余分な肉のない四肢は引き締まり、美しくも固いだろう鱗が家一軒はあろうかという巨体とそこから伸びる太い尾を包み込んでいた。その背には四肢よりも大きい骨ばった翼。

 まごう事なき、ドラゴンだった。


 そろそろと紅水晶の隙間からのぞき見ていたナガメは、ドラゴンが苛立たしそうに尾を壁に打ち据えるのを見た。『迷宮は傷つけられない』という法則のもと揺れただけで傷1つつかない紅水晶にドラゴンはまた咆哮した。幸い班のメンバーはここにいないようだと言うことを確認して、ナガメは首をひっこめた。凶暴なドラゴンだ。


 ぎゃおおおおおおおおおおおお!!

 

 びりびりと鼓膜を震わせるその鳴き声を聞きながら、ナガメは引っ込めた状態のまま、紅水晶へと背を預けた。ずるりともたれ下がる。

 頭の中を占める言葉はたった1つだ。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい)


 ばくばくと高鳴る胸を押さえながら、出来るだけ息を殺す。声になっているかも怪しい小さな声で、シロに囁いた。


「シロ」

「しゅー」

「先生が、ノギなし見かけるって言ってたよね。あれもそうじゃないかなって思うんだけど」

「しゅー」

「やっぱり?」


 肯定するかのように頭を縦に振られて、確信する。


 本来、ドラゴンというものは知性がある。人の言葉を理解するとすら言われている生き物があのように意味もなく暴れまわったりはしないはずなのだ。いや、理由があったとしてもあのように無秩序に暴れたりはしない。その高い知性で持って迎え撃つだけのはずだ。


 それがあの凶暴さ。きっとノギありに違いない。シロも頷いている、まず間違いはないだろうとナガメは1つ頷いた。

 一応リュックサックからナイフを取り出しておこうと振り向いたときだった。


 生ぬるく、生臭い息がナガメの顔に吹きかかったのは。


「え・・・?」


 鼓動が1つ、高く鳴った。


 そこにあったのは牙だった。大きく白い牙がぐるりとナガメを囲むように一周していて。生々しいピンク色の肉がぴくぴくと動いていて。その奥から、はぁと吐き出されるぬるく生臭い息。そこでやっと気づいた。そこが、ドラゴンの口腔内であることに。


 吹き返しの要領でドラゴンの開いた口の下から、冷たい空気が吹き込んできてようやく。ながめは。頭を食われそうになっていることに気付いた。


 ぞっとして勢いよく頭を下げると同時に、がちんと目の前で刃のような牙同士ががっちりと嚙み合わさる。


「ひっ・・・」


 牙があったところから頭が下げられ、ナガメと目が合ったドラゴンは面白くなさそうにナガメを一瞥してから、金目をぎらぎらと光らせる。まるで猫がネズミを見かけた時のように。楽しいおもちゃを見つけた子どものように。目が笑った。


 にんまりと。

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