第1話
迷宮踏破数112回。
40年という短すぎる期間で樹立されたその記録は、いまだ破られることもなく。
人類の快挙を成し遂げた偉大なる英雄・ティオヴァルト。彼の雲隠れから百余年。
迷宮踏破は夢物語として語られるほどに迷宮は進化し、その精度を上げ、困難となっていた。
夢を現実に。故に、迷宮踏破という夢を掲げて、探索者養成学校は建ちあがったのだ―――。
緑の匂いが濃く感じられる林の中。
黒いジャージを着こんだ猫っ毛の少年と、防刃チョッキを身に着けた若い女性は対峙していた。
少年・ナガメは一歩踏み込むと、身体を斜めにしながら逆手で突き刺すようにダガーナイフを小さく振りかぶる。
ひゅっと空気を裂く音がして、そのまま刃を女性・教官へと振り下ろした。
しかし、振り下ろしたはずの腕は教官に両手で掴まれ受け止められる。下ろした動作に合わせてそうされたかと思うと、掴んだ手で橈骨動脈を圧迫された。圧迫感に握力が込められなくなるのを感じつつ、それでもナガメはナイフだけは手放さないようにと集中する。
「ちっ・・・」
武器を取り落とさないことについてか、教官から鋭い舌打ちがもれる。脳が興奮しているのだろうか。心臓がどくどくと早くなっているのが分かる。ナガメには妙に間延びしたそれは、幾分か間が抜けて聞こえた。
掴まれている右腕と教官の左腕がぴったりと重なる。教官は両手で手首を押さえたまま斜め下にその腕を伸ばすことで、ナイフの刃先の方向を変えた。
動かそうとしてもぴくりとしか動かないそんな現状にナガメの方が舌打ちをしたくなる。ぐっぐっと何回か力を込めてみるが無駄な様子に、教官の口元がにやりと歪むのが見えた。
斜め下に伸ばされた手を、少しためてからぐっと1回強く引いてナガメを半回転させると。身体を上向きにした後上に引き上げて勢いをつけてから、教官は投げ飛ばした。
ふわりとした浮遊感のまま、ナガメは身体を捻って両手で着地する。ぐるりと前転。顎を引いて片足を浮かせもう一方の足で起き上がる。そのまま片膝を立て着した。俗に言う前転受け身だ。素早く立ち上がって教官の方を見つつ、後退した。
教官が腰につけていたウエストポーチからダガーナイフを取り出す。ぴっとそれをポーチから大げさなしぐさで抜きさると、口元に笑みを浮かべながらナガメの反応を待った。
挑発的ともいえる行動に、ぐっと下唇をかみしめるナガメ。とん、とんとステップワークで左右に動きながらフェイントを仕掛ける。
身体を伸ばすように動いて攻撃を誘うと、教官が走りながら近寄ってきて、アッパーのように上から下へとナイフを大きく振り上げる。
(釣れた・・・!)
斜めに振り下ろされた大ぶりな攻撃に、ナガメは内心ほくそ笑んだ。
右に行くように見せかけて左に避けるナガメ。頭の横をしゅっとナイフが通り過ぎ、逃げ遅れた黒髪が数本舞った。
2回、3回と同じように避けていくとだんだんと教官の顔に苛立ちが見えてくる。ちっと本日2度目の舌打ちがなされる。
(ここで焦らせれば・・・)
ナガメは内心笑う。こうやって焦らせる・・・そうすればきっと、相手はしてくるのだ。してくれるはずなのだ。苛立って。
(きた!)
苛立った教官が舌打ち混じりに刺すようにナイフをナガメに突きつける。
それを体の向きを変えるような動作で避けることで刃先を通り過ぎさせ、いなしたことで近づいた距離で相手の手首と肘上を掴む。
教官の背面から両手で片腕を掴んで、抵抗できないのをいいことに腕の角度を変えて関節を支配していくナガメ。肘にひっかけるようにして体重を乗せ、引きずり倒す。
思わず教官が取り落としたナイフを足で蹴って、別の方向へ。
ほっと一息ついた。ここで。
「入学試験、終了ですぅー」
妙に語尾を伸ばした、白いワンピースタイプのナース服に豪奢な軍服を羽織った女性が。入試終了を知らせた。
あれから1ヶ月。
はらはらと桜が舞う。白い柱に掛かる『探索者養成学校』と書かれた木の看板の前で。
大きく息を吸って、若干大きめの灰色のブレザーを着たながめは、にんまりと笑った。
今日からナガメも探索者養成学校の一員だ。
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