番外編 牛飼未衣の保健室事件(エロ注意)

保健室で

<なつみ>今回オール


情けないな貧血で倒れるなんて。鍛え方が足りていない証拠だ。

私は保健室の天井を見上げながら心の中でひとりごちた。今は保健室のベッドの上。さっきまで体育館でバスケをしていた。運動が好きな私は体育の授業ではしゃぎすぎてしまうクセがある。

だけれども、


「まさか倒れるなんてな」


今度は声に出して言ってみる。それほどに堪えているのだ、私が倒れたという事実に。生理は一週間ほど前に終わったし、ご飯だってちゃんと食べてる。原因は

――睡眠不足かあ。

人のせいにするのはいけないことだとわかっているが、私は敢えて人のせいにする!あの男が悪いんだ。あの男がいるから私は眠れない夜を過ごしているんだ。だからと言って勘違いしないでもらいたい、別に私はその男に恋をしている訳ではない。断じてない。絶対ない。あいつと恋だなんて死んでもごめんだ。死んだ方がマシだ。

私が気になっているのは二人の関係。最近一段と秋と洋の仲が良くなったと感じるのは、多分気のせいじゃない。二人の視線がよく交わる。二人の物理的距離が近づいている。二人でよく話している。二人で一緒にいる。会話の時たまに幸せな間がある。

なんかムカつく。すっごくムカつく。イライラは一周して私の睡眠時間を削りやがった。

最近寝るのは3時か4時。学校に間に合うには6時には起きなくてはならない。

そんな生活を送ること一週間。死亡確定。

最近は秋のことが気になって水泳部の練習もサボりがちになってしまっていた。最低だ。タルんでる。

それよりもっと最低なのが、秋に心配をかけさせてしまったこと。自分の体がどうなろうと別にかまわないが、秋にだけは迷惑も心配もかけたくなかった。

けれど、


(心配、かけちゃったなあ)


秋はすごく心配そうな顔をしていた。これはかなりヘコむ。でも私は今、秋に会いたいなあなんて思ってるんだから、現金なものだ。顔を見たらすごく心配するだろう。でも私は今、秋の顔をすごく見たいんだ。


ああやめやめ。考え出したらきりがない。頭の中が秋で埋め尽くされる。

せっかく授業をサボる口実ができたんだ。久しぶりにゆっくり休ませてもらうとしよう。私はゆっくりと目を閉じて、意識はゆっくりと瞼の奥へと沈んでいった。



………

……




誰かの気配を感じて目を覚ました。どれくらい眠っていたのだろう。体が重くて思考がうまく回らない。ベッドの傍らに座っている人影に声をかけようとした瞬間、私は上半身を飛び起こした。


「あき!」


「おはよ、みっちゃん」


そこで思考はクリアーになる。が、同時に混乱が襲ってきて頭の中がわけのわからないことになる。

どうしよう、どうしよう、落ちつけ、私。


「みっちゃんどうしたの?」


秋が下から顔を覗きこんできた。


「べ、べつに、なんとも」


「まだ調子悪い?」


「いや、もう、大丈夫」


別の意味で調子狂っちゃうわ。


「すごく、心配したんだからね」


そう言って秋が両手で私の頬を包み込んだ。

自分の顔がみるみる赤くなっていくのがわかる。だってすぐ目の前に秋の顔があるんだから。


「みっちゃん、無理したら、め、だよ」


「は、はい」


かわいすぎだ。秋の「め」はダメの「め」だ。かわいすぎて抱き締めたいよお。


「みっちゃん、最近ちゃんと寝てる?」


秋がさらに顔を近づけて言った。


「寝てるよ。大丈夫大丈夫。今日はちょっとはしゃぎすぎただけ。」


私は秋に心配をかけさせないように両腕で力こぶを作って見せる。


「うそつき」


秋がおでこをこつんとぶつけてきた。唇が届きそうな距離。私の心臓はドキドキと大運動会を始めた。


「目の下にクマ、できてるよ」


「いや、これは、その……」


駄目だ。言い訳が思いつかない。

私がごちゃごちゃと考えていると、秋がとんでもない行動に出た。


「あんまり心配、かけさせないでよね」


そう言って、秋が、秋の唇を、私の唇に、重ねた。

一瞬何が起きたのかわからなかった。

でもだんだんと秋の体温が唇を通じて伝わってくると、やっと実感することができた。

それから私は急いで秋の体を引き離す。

わけがわからないまま私は口元を押さえた。


「な、なんで……」


二人は女同士なわけで、こんなこと普通はしないわけで、でも今さらという気も、てゆーかやっちゃったよ私、でもどうして秋が、やわらかかった、もしかして、秋も私のことを、


(や、やわらかかった……)


だ、ダメ。不純!不潔!こんなの考えちゃダメ!確かにやわらかかったし、うれしかったけど、ダメ!あーどうしよう、めっちゃ好きだ。


「嫌だった?」


「い、嫌じゃない。むしろ、うれしい」


待て何を口走ってる私!


「そっか、よかった」


なんでほっとしてるんだよ。ああもう、かわいいなあ。かわいすぎだよ。たまんないよ。


「な、なんで、したの?」


我ながら動揺しまくりの台詞だ。


「キス?」


無垢な表情で聞き返すな!私はどうしていいかわからなくなる!


「そ、そうだよ。な、なんで、し、したのっ」


ヤバい。声が裏返った。ダメ、そんな風にまっすぐこっち見ないで。すごく恥ずかしい。


「好きだからだよ」


私は、どうすればいい。ずっと言いたかった言葉。ずっと言って欲しかった言葉。

それが、こんなに簡単に。てゆうか、き、き、キスだなんて……。


「みっちゃんは、私のこと嫌い?」


「き、嫌いじゃない!絶対」


「じゃあ、好き?」


「それは……」


好きだよ。大好きだよ。私はずっと前から秋が大好きだよ。

いつか告白したいと思って、でも勇気がなくて。

でもこれってチャンスじゃない?秋に好きって言う。

でもこれは私が想い描いていた告白とは全然違って、私はもっとちゃんと気持ちを伝えたいわけで。

ちゃんとって何だよ。

男らしくないぞ未衣。

もとい、女を決めろ。

覚悟を決めろ。

言う。今しかない。私のせいいっぱいの気持ちをここでぶつけるんだ!


「あたしは……あたしは、あきが、好きだよ」


俯いちゃダメだ。顔を上げろ私!


「世界で一番、あきが好きです!」


言っちゃった……言っちゃったよお……。

ついに言った。私がんばった。


「みっちゃん、ありがとう。大好きだよ」


秋がまたキスをしてきた。頭が蒸発しそうなくらい熱くなった私は秋にそのまま押し倒された。


今度は長いキス。私は秋の全てを受け入れたまま、唇の感触に集中した。温かくて、優しい秋の味。幸せすぎて、涙が出てきた。


「みっちゃん、どうして泣いてるの?嫌だった?」

唇をそっと離して秋が不安気な顔を見せる。

「違うよ、うれしくて、うれしすぎて涙が出てきちゃったんだ」

秋の顔から笑顔がこぼれた。

それから私たちはぎゅっと抱き締め合って何度も何度もキスをした。



・・・

・・



ガバっと勢いよく私は上体を起こした。

体は火照っているが、頭は少し冷静になり始めたようだ。

周りを見渡すと、誰もいない。で、ここは保健室。

つまり、


「夢……?」


当たり前か。秋があんなことするはずがない。妄想だ。私が四六時中秋の事を考えているから、あんなヘンな夢を見たんだ。

途中まではすごく幸せな夢だったけど、途中からは……我ながらなんていやらしい夢を見てしまったんだ。

最悪。なんかパンツ気持ち悪いし。

それに――

「おはよ。気分はどう?」

目の前に、猪狩がいた。

「――――――――!!!!!!」

動転した私は声にならない叫びを上げた。

だって、突然猪狩華花というイレギュラーが現れたんだから!

「い、い、いつからそこにいたんだよ!」

「さっきからずっといたわよ」

「う、ウソだ!だって、今、いなかった!」

「ちょっと窓から外見てたから」

「お、おまえ、だいたいいつもいきなり現れんな!」

「人をお化けみたいに……」

迂闊だ。近くにこいつがいたなんて。それに気づかなかったなんて。こいつが近くにいたのにあんな夢を見てしまうだなんて!

「誰かを探してたみたいだけど、私でごめんね?」

猪狩はいたずらっぽく笑って言った。

「ば、バカ。つーか人の寝顔見るなんて趣味悪いぞ」

「あら、おもしろかったわよ?百面相みたいで」


絶対今の私、顔が真っ赤だ。恥ずかしい。しかもよりによってこいつに。

だいたいこいつは性格が悪いんだ。クラスの連中なんかは大人しい優等生、加えて可憐で美人なんて評価を持ってるようだがそれは幻だ。幻覚だ、幻聴だ。そもそも猪狩華花という存在自体が嘘なのだ。

こいつの持っている人当たりの良さだとか、優しい態度だとか、全部虚構だ。みなさーん、騙されてますよー。この女は少女という皮を被った女狐だ。猫被りなんてかわいいものじゃない。妖狐被りだ、妖狐被り。最初は私も騙されてたさ。でもこいつは人を試して反応を見るような愉快犯なのさ。


「ほんとあんたって顔がコロコロ変わるよね」


「う、うるさい!」

私は一生こいつにいじられ続けるのではなかろうかと不安とやるせなさが込み上げてきた。

「どんな夢見てたの?」

「別にどんな夢でもいいだろ?」

一瞬、夢の内容が頭をよぎった。ダメダメ、考えちゃダメ。

「あきの夢?」

「な……」

どうしていつも図星をついてくるんだ、この女は。

「もしかして、やっちゃった?」


心臓が止まるかと思った。夢の中で秋がしてきたあんなことやこんなことを思い出してしまった。


「ば、ち、ちが」

「何が違うの?」

「や、やってない、やって」

「やるって何を?」


駄目だ、完全におちょくられている。でも私には反撃する言葉なんて持っていなくて、それをするような余裕もなくて。で、出てしまった言葉がこれだ。


「キ、キスだけ」


馬鹿か。言ってどうする。よりにもよってこの女に。


「ふーん、したんだ」


少しだけ安心したような戸惑ったような複雑な顔をした猪狩は私の頭を撫でてき

た。


「よかったじゃない」

「よかないわよ」

「夢だけどね」

「夢だけどな!」

なんでこんなに顔が熱いんだ。こんな辱め、拷問だ!陵辱だ!

本当はキスよりも先のことを少しだけしたのだけれど、そんなこと死んでも言えない。もちろん、夢の話だけど。


「やっぱり、複雑かあ」

「何が?」

「本物のあきじゃないから」


当たり前だ。そんなことわざわざ言われなくてもわかってる。でも私は夢でよかったとも思っている。だって、秋とあんなことがしたいなんて、私は露ほども思っていない、はすだ。どうしてあんな夢を見てしまったのか、それは多分昨日あんなことがあったからだ。


はい、回想スタート!


……続く


(続かない。)


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