なか火:飼い犬の話
我が家では犬を飼っている。
私が子供の頃に兄が拾ってきてもうかれこれ10年はいることになる。やれ犬は血統書だ純血種だというこのご時世にまさかの雑種犬である。おまけに拾ってきた犬なので極め付けだ。
しかし拾ってきた当の兄が早々に独り立ちをして家を出た為、犬の世話係は自ずと私の役目になった。朝晩の餌やりと散歩。それもあって、私によく懐く。
割と大きな犬種同士の雑種とみえて、彼のなりもまたデカい。最近ではよく手綱を引っ張られ力のない私は閉口している。
ある日のことである。
いつものように散歩が終わって疲れた私は気持ち良くうたた寝をしていた。
すると私の部屋に飼い犬がのそのそと入ってきた。これはいたっていつものことで、私の隣は彼のお気に入りの場所の一つなのだ。
彼は犬にしては賢い方で部屋の襖を開けることができる。
もちろん閉めることはできないのだが。
性格上襖を開けたままにするのはどうも落ち着かないのだがどうにも眠気が勝ってしまいそのままにしてしまった。
犬は相変わらず私の傍でのそのそと動き回っているようだ。
目は閉じているが音だけは聞き取れる。
ようやく落ち着いたのか「すとん」と座り込む音が聞こえた。
しばらく無音が続いた。
と。
「おい」
突然声が聞こえた。
「おい」
誰かが呼んでいる。
父だろうか。しかし父にしてはえらく野太い。それにしてもずいぶん不躾である。おい、などと呼ばれる筋合いはない。
まどろんだ意識の中で答えることもせず耳だけをそば立てた。
「お前。最近ずいぶんと手を抜くじゃないか」
何かを叱責されているようだ。まるで覚えがない。
「あんまり時間が短いんじゃあないか。ええ?」
と声の主はまくしたてる。どうやらひどくご立腹の様子だ。
「適当な仕事をするんじゃねえよ」
そう言うと声は私の耳元あたりでこう囁いた。
「あんまりナメるなよ?」
生臭く、暖かい息が私の顔に当たっている。
「いつだってお前の喉笛くらい噛みちぎってやれるんだからな」
その瞬間耐えきれなくなりガバッ!っと起き上がった。しかしそこには誰もおらず部屋には私だけだった。
ただ一匹、すんすんと寝息をたてている飼い犬を除いては。
それ以来、散歩は毎日長めに行っている。理由は言いたくない。
了
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