第19話

 御紫衣楚歌は巨大なビルの前にいた。現代風のビルの入り口は自動ドアではなく、大きな扉。辛うじてここがカンフーの道場であると判断できる。もしも、ドアがセンサー式のものであったならば、どこかの会社と間違われてしまうだろう。


「ったく、趣味の悪いところね」


 彼女はスタスタと歩き、身長の倍はあるビルの扉を蹴り飛ばした。


 扉は銀のメッキが塗られた樹脂でできた物だったので意外と簡単に吹き飛んだ。


 ビルの中はとても広い道場になっていた。とても綺麗なフローリングのような床。エアコンで道場中の温度が調節されている。


 そこにいる人は百人を超えていた。


「たのもー。『道場破り』に来たんだけど.....師範代は誰?」


 楚歌は自分の髪の毛を掻き上げる。


 門下生だと思われる人々は練習を止めて、状況をただ見守る。


「困りますねぇー、こんな乱暴なことをされては.....」


 門下生の中から現れたのは髪の毛をしっかりと整えた小奇麗な男。上質な布で出来ているカンフー服を身に纏っている。先程、楚歌と理の喧嘩を仲裁してきた男である。


「アンタは.....さっきの」

「干支宇人です。あなたは『才拳』と道端で喧嘩していた.....えーっと、理君の彼女さんですよね?」

「彼女じゃない!」

「いやいや、否定しなくてもいいですよ」

「本当に違うから!」


 それは置いておいて、と干支は話を戻す。


「困りますよ。今日は『月例大会』なんです。道場破りなんて物騒な真似されたら」

「悪いけど、場所と時間を考えてる余裕ないの」


 干支は吹き飛ばされた扉に目をやる。若干、経し曲がっている扉を視界に捉え、尋常でない威力が扉を襲ったと直感した。


 ーー彼女は功夫クンフーを使える。


「扉、弁償して貰わなくては」

「へー、じゃ、無理矢理言うこと聞かせてみれば?」


 明らかな挑発である。


 自分と闘わせるための口実。


「私の場合、力が使えるのは長所ではなく、短所ですよ」


 功夫クンフーを遠回しに『力』と表現しているのを楚歌は理解していた。


 干支は周りの門下生に離れろと腕を振る。ぞろぞろと円を描くように門下生が離れていく。


 楚歌は少し不思議に思った。


 --ここの門下生は慣れている?


 道場破りという非日常的な現象において、普通はパニック、不安の感情を表に出す。しかし『摩耗会』は違う。


 どちらかと言うと安堵が表情に出ている気がする。


「やっぱ、趣味の悪い所。さっさと終わらせる」


 楚歌は指の骨を鳴らして腰を低く落とした。


「二百万円、どんな事をしてでも払ってもらいますよ」


 干支は上品に下衆な笑みを浮かべた。《ルビを入力…》

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