第3話

 夕刻。


 太陽も西に落ち、綺麗なオレンジ色の空。


 父親の代わりに師範代を任された青須理はコンビニに今日の夕飯を買いに行っていた。


 理の家には母親がいない。


 理が幼い頃に母親は病気で短い一生を終えた。彼が物心のついた時には母がこの世にはいなかったのだ。


 料理は基本的に父親がするので彼が不在の今、夕飯を作れる人物は青須家に存在しない。


 日中は門下生で賑わう『燃龍館』だが、鍛錬が修了すると門下生はそれぞれの家に帰ってしまう。


 誰か適当に外食誘えばよかったなぁ、と思いつつコンビニで購入した弁当を持ち、誰もいない道場に帰る。『燃龍館』は理にとって、カンフーを学ぶところであり、自宅であるのだ。


 カンフーと日常。理の場合、この二つが切っても切り離せない関係にある。


 そしてカンフーは父親と自分を繋ぐ絆である。血よりも深い絆。


 いつか、カンフーで父親に認められたい。


 理からすると師匠である父から師範代の座を与えられるということは一人前になったということを意味する。そのために理は日々努力を重ねているのだ。


 しかし、理はカンフーが好きなのだ。努力も苦ではなかった。一人前になりたいというのは単なる動機付けでしかない。


 つまり、理は自分のカンフーを高めていきたいだけなのだ。




「あー、洗濯物も入れねーと」


 道場兼自宅に向かうまでの石階段を上りながら思い出したように独り言を言う。


 これから一週間、色々することが増えてしまった。掃除洗濯家事。これらを全て一人でやらなくてはいけない。


 門下生に頼んだら手伝ってもらえるのだろうが理はあくまでも一人で頑張ろうとする。


 なんだか負けた気がする。


「よっしゃあー! やってやるぜ!」


 階段を登りきり、道場が目の前に現れた。誰もいないから大丈夫だろうと理は大きな声を出して意気込んだ。



 だが、




「うっさ……」

「え?」


 道場の屋根が陰を作り、その中から声がした。


 誰かいる?


「誰だ?」


 レジ袋を地面にそっと置いて拳を前に出し、構える。スキのない綺麗な構えだ。


 陰を睨む。


 真っ暗な所からゆっくりと出てきたのは茶髪の女。長い髪の毛が風に靡いている。右手が半袖のカンフー服を着ている。


 カンフー服を見て、理は警戒する。


 彼も練習が終わって着替えることなく買い物に行ったので未だに黒のカンフー服を着用している。


「へー、アンタここの門下生?」


 女は不気味な笑みを浮かべながら話し出す。理は構えを解こうとはしない。


「だったら何だよ?」

「師範代を呼んできてもらおうってね」



「師範代だと?」



 女はさらに口を釣り上げ笑う。




「道場破り、したいの」

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