第2話
今、日本には空前のカンフーブームが到来している。人口の八割がカンフーの道場に通い、人々の生活の一部としてカンフーが成立した。列島には多くの道場が建ち、老若男女問わず鍛錬する。
青須(あおす)理(さとる)もその一人である。今年で17歳。唯一のコンプレックスは直しても直しても必ず一本立ってしまうくせっ毛である。
それ以外、自分の嫌な部分が見当たらない。
もう少し、彼について話そう。
彼の家は『燃龍館(ねんりゅうかん)』という全国でも名の通ったカンフー道場である。理の父親はそこの師範代(マスター)。師範代の息子である理は幼い頃からカンフーを学びながら育ってきたのだ。
理はその圧倒的な才能ですぐに頭角をあらわした。そんな彼についたあだ名は『才拳(さいけん)』。
普通の人間が数年かかって得る技術も一日で習得してしまう。去年、彼が16歳の頃には年に一回行われるカンフー全国大会で優勝。とうとう全国制覇を成し遂げてしまう。
ただ、全国大会と言っても、門下生(アマチュア)だけの大会であって、師範代を含めてはいない。門下生は師範代とは闘うことを許されない。
理には目標がある。
師範代(マスター)になり、世界一になること。
この物語は青須理が師範代(マスター)になるところから始まる――
「え? 俺が師範代に!?」
ここは『燃龍館』。こぎれいな木造の道場の前で青須理は驚いていた。
道場の中からは大勢の気合いの入った声が聞こえてくる。『燃龍館』の門下生は鍛錬の最中だ。理も黒いカンフー服を着て額には汗が流れている。おそらく、鍛錬から抜け出してきたのだろう。
「ああ、そうだって何回も言ってるだろ?」
理と対峙しているのはよれよれのシャツを着た中年の男。彼は理の父親、青須(あおす)社(やしろ)だ。彼は何故だかブラウン管のテレビを担いでいる。テレビはコードが繋がっていないので画面が真っ暗だ。
「なんでテレビなんて持って行くんだよ」
理が呆れたように言う。
「出張先でテレビ見たいんだよ」
「いやいや、泊るところにテレビくらいあるだろ!」
「俺はこのテレビで見たいんだ」
これ以上しゃべっても無駄だと感じたのか、理は話すのをやめた。
『燃龍館』。全国でも有名なカンフーの道場である。学校の体育館ほどの大きさの道場で多くの人間が汗を流し、精進している。『燃龍館』師範代は青須社である。
「で? とうとう俺のこと認めるんだな?」
理はこ憎たらしい顔をする。
「違うわ。俺がカンフー連盟の会議に行ってる間、師範代代行を任せるだけだっての」
「は……?」
先までの挑戦的な表情が崩れる。
「つーことは、親父が帰ってきたら俺はまた門下生に戻るのか?」
「そーいうこと」
社は終始興味がなさそうにしている。そんな様子を見て理は不満そうな顔をした。
「なんで俺は師範代になれねぇんだよ。全国制覇だってしたしよ……。今年もう一回したらいいのかよ」
「何回も言ってんだろ? 師範代は強いやつじゃないとダメだってな」
「俺は十分強いだろ!」
「ったく、まだまだお前は弱いんだよ。はい、もう話は終わりだ。俺が留守の間、頼んだぞ」
「まだ話はおわってねぇっての!」
理が引き留めようとするが、社は踵を返してどんどんと離れていく。
「ちょっと待てって……」
理が呟いた。
社が足をとめた。
理は一瞬、自分の言葉が父に伝わったのかと思ったが、声量的に社には届いているはずがない。
「あー、一個言いそびれたわ」
「なんだよ?」
やはり、自分の言葉で立ち止まったのではないとわかったので理は不機嫌になる。
「最近、『道場破り』が色んな道場を襲ってる。もしかしたらここにも来るかもしれない」
「『道場破り』?」
「ああ、道場の最も大事なものである看板を取っていくんだ。そいつらは五人組の女らしい」
「女? そんなもん俺がブッ潰してやんよ」
「もし、『道場破り』が現れたら絶対に手を出すな。おとなしく看板を渡せ。そんでもってすぐに俺に連絡しろ」
珍しく真剣な顔つきになっている父親を見て理は静かになる。
「じゃ、そういうことで」
社は片手を挙げてあいさつした。
理はそれに答えることはしなかった。
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