第四章 吸血鬼のいる日常

四章 ①『むかしの生活』

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 家のブレーカーが落ちたその翌朝、せっかくの土曜日だというのに、あたしは日の出とともに目が覚めた。


 まだ朝の五時。部屋の中は暗い。いつもなら熟睡の時間だが、今朝はすっきりした気分で目覚めてしまった。なんだかボタンばあちゃんの仲間入りをした気分。


「うーん、起きるしかないよなぁ」


 することもないので、何となく居間へ降りてゆく。誰か起きてるかもしれない。少なくともボタンばあちゃんは起きてるはず。


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 居間の扉を開けると、なんとみんな勢ぞろいしていた。しかも昨夜の後片づけもほとんど終わって、みんなでテーブルを囲んでお茶を飲んでいる。


「おはよー、みんな早いね」とあたし。

「おお、さつきか、珍しいな。もう少し寝ててもいいんだぞ」と父さん。

「いいの、昨日あんまり早く寝たから、なんか目が覚めちゃって」


 それから母さんが朝食の大皿を持って台所から現れた。その後ろから芳子ばあちゃんも一緒に大皿を運んできた。


「あら、さつき早いわね」と母さん。

「おはよー、もう朝ご飯作ったの?」

「ええ、なんかみんなが揃ったから早めにしたのよ」


「ほれ、さつきも一緒に食べなさい」

 ボタンばあちゃんが言う。ばあちゃんは普段朝ご飯を食べる時は一人きりだから、少し嬉しそうだ。


 それからみんなで朝ご飯を食べた。なんか妙に早い時間で変な感じだったけど、なんとなくすがすがしい気持ちだった。


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 ご飯が終わると、しばらく家族会議のようなものをした。若君が寝ている間の生活についてだ。


「とにかく、若君様が魔術と思うようなものは、いっさい使わぬことじゃ。若君様の生きていた時代と同じようにせねばなるまい」

 とボタンばあちゃん。かなり張り切っているように見える。


「そうですねぇ。でも、食事を作るようなものは最低限確保しておきたいですわねぇ」

 芳子ばあちゃんは顎に人差し指を当てて、考えながら話している。


「とはいえ、炊飯器はもう使えんぞ」

 じいちゃんはお茶をすすりながら言う。


「そういえば電話も壊されましたね。まぁ携帯があるからいいけど、これを壊されたら仕事に差しつかえますよ」

 父さんは腕組みして考え込んだ。


「緊急の呼び出しがあったときに対応できないのは困りますからねぇ」

 母さんの言葉にみんながうなずいた。まぁ医者の一家だからね。


「だったらさ、ずっとマナーモードにしとけばいいじゃん」

 とあたし。するとみんながまたウンウンとうなずいた。

「そうだな、とりあえずそうしよう」

 それから各自の携帯を取り出すとマナーモード設定を無言で行った。


 もちろんあたしもそうした。


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 会議はしばらく続いた。


 結局、電気の使用は全面禁止。エアコン、テレビ、電灯は若君が納得するまで買い換えない。当然のように炊飯器の使用も禁止、ご飯は土鍋で炊くことになった。ちなみに電球の代用はもちろんロウソク、これも各部屋に用意することになった。


「ま、基本的に常にブレーカーを落としておくと、そういうことですね」

 父さんがまとめる。それに答えたのはボタンばあちゃん。

「ま、そういうことじゃ。なぁに昔の生活に戻るだけじゃ」


 これでみんなの方針は決まった。でもあたしにはどうしても疑問が残った。どうしてあの若君のためにそこまでしなくちゃいけないのか?ということ。


「で、なんで?」

 あたしは率直に聞いてみた。

「そりゃ、領主様だからな」

 じいちゃんもまた率直に答えた。


 でも率直すぎてさっぱりわけがわからなかった。それ以上聞いても疲れるだけだし、あたしはもうなにも聞かないことにした。


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 それから新兵衛は学校へ朝稽古に、父さんは病院に出かけた。運転手はいつものように母さん。あとのみんなはお留守番だった。


 あたしは部屋に戻った。そしてベッドに寝そべり、本を読んで午前中の暇をつぶした。ほんとは録画しておいたDVDを見たかったんだけど、すでに電気は切断されていた。


 昼になると居間に降りていって、母さんとおばあちゃんたちとで、出前のお寿司を食べた。何となく時間がゆっくりと流れている感じ。電気がないというだけで、何もすることがなくなってしまった。


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『仕方ない、午後はマンガでも読もうか』なんて計画を立てていたが、食事を終えると洗濯を手伝うことになっていた。もちろん抵抗してみたが母さんの前では無駄。いつも口で負けてしまう。


「当たり前でしょ。だって病気じゃないんだから、お手伝いくらいしないとね」

 まったくその通りです。


 そして女ばかりで浴室へ移動し、なんと手洗いで洗濯物を洗った。それもかなりの量。洗うのもすすぐのも、脱水も全部手作業。


「こうしてみると、なんとも懐かしいのぅ」とボタンばあちゃん。

「ええ、昔はこれが当たり前でしたからねぇ」と芳子ばあちゃん。

「洗濯も大変でしたのねぇ」

 母さんはなぜかうれしそうに額の汗をぬぐってる。


「なんか原始時代に逆戻りしたみたい」

 あたしが正直な感想をもらすと、みんなでフフフと笑った。


 いえ、冗談のつもりじゃないんですけど……


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 それから洗濯物を干し、次のお手伝いを頼まれる前に部屋に引き上げる。もう腕がくたくたになってしまった。そのままベッドに寝ころぶと、やたらと眠たくなってきてあたしはまた眠ってしまう。


 寝たのはたぶん二時間か三時間。潜水艦がゆっくり浮上するように、あたしもゆっくり眠りから目覚める。


 いつのまにか部屋の中は暗くなっていた……

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