第二章 内羽一族の秘密

二章 ①『マーちゃんと藤原君』

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 衝撃の一夜が明けた翌朝……


 だと思っていたのだが、家族は見事にいつもの日常を取り戻していた。


 まるで何事もなかったように、いつも通りの朝食が並び、父さんは新聞を読みながら、じいちゃんは朝の連続ドラマを見ながら、ボタンばあちゃんは味噌汁の味がどうのこうのと言いつつ、新兵衛はただひたすらに、みんな朝ご飯を食べていた。


 食卓に若君の姿はなかった。たぶんまだ寝ているのだろう。どういうわけか誰も若君の話をしなかった。だからあたしもなにも聞かずに、みんなと同じように朝ご飯を食べた。


 だが学校に行く直前、あたしは玄関でボタンばあちゃんに呼び止められた。


「さつきや、ちょっと待ちなさい」


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「なぁに?」またイヤな予感。


「あのな、さつき。若君様のことは外でしゃべってはいかんぞ」

 ボタンばあちゃんは誰が聞いているわけでもないのにひそひそとそう言った。

 ちなみにもう腰は治って今はちゃんと立っている。ボタンばあちゃんは昔から頑丈な人で、病気はほとんどしたことがないし、怪我をしたって治りが早かった。


「なにか理由でもあるの?」

「若君様は内羽家にとって大事なお客様。軽々しく口にしてよいお方ではないのじゃ」

「うーん。よく分かんないけど、わかった」


 本当は親友のマーちゃんにはその話をするつもりだったんだけど、ボタンばあちゃんの頼みじゃ仕方ない。


「ばあちゃんと約束しとくれ」

「わかった。誰にもしゃべらない」


 あたしがニッと笑うと、ボタンばあちゃんもにっこりと笑った。昨日は異様にテンションが高かったけど、普段はニコニコしている優しいお婆ちゃんなのだ。


「じゃ、いってきまーす」

「ああ、いっといで。

「はーい!」


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 元気いっぱい家を飛び出したが足取りはすぐに重くなる。

 なんといっても退屈な田舎道。目に写るものは田んぼとその周りをぐるりと取り囲む山だけ。その中を三十分も歩かねばならないとなれば、自然と足取りも重くなるというもの。あたしはトボトボと高く盛り上がった農道を歩いて学校に向かう。三十分あまりもひたすら歩くといやでも中学校にたどり着く。


【水無月(みなづき)中学校】


 というのがあたしが通っている学校。どこにでもある普通の中学校。校舎は鉄筋コンクリートの三階建て。校舎から渡り廊下を挟んで、やたら立派な体育館がある。

 この体育館だけは完成したばかりで、妙に近代的な感じ。ちなみに新兵衛が通う剣道教室もここで開かれている。あとはとにかく広い校庭がある。


「内羽、おまえまたギリギリだぞ」

 あたしの背後で体育の黒崎先生が鉄の門扉をがらがらと閉める。ま、遅刻ギリギリはいつものペースだ。


「すみません。明日から気をつけます」

「おまえ、昨日もそう言ってたぞ」


 でも間に合ったんだから問題はない。あたしはペコッと頭を下げて、教室へ悠々と歩いてゆく。


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 それから上履きにはきかえて、二階のクラスへ。クラスにつくと窓側一番後ろの自分の席に座る。

 ふぅ。学校というのは通うだけでもホント重労働だ。グルッとクラスを見渡すと、親友のマーちゃんがこちらに小さく手を振ってきた。


「おはよー」

 声は出さずにあたしも手を振り返す。


 そう、まずはマーちゃんの事を紹介しておこう。なんといってもあたしの一番の親友。マーちゃんなんて書くと、田舎風の素朴な子を想像するかもしれないが、外見は正反対。


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 マーちゃん。本名はマーガレット・メイ。


 金髪に青い目のイギリス人の女の子。牛乳瓶みたいなひどい眼鏡をかけているけど、本当は超がつく美人さん。肌はまっ白、顔は小さいし、まるでお人形さんのよう。女の子なら誰もがあこがれるカワイさ、美しさなのだ。


 でもクラスではすごく浮いている。それはこの町がド田舎なせい。彼女はここではあまりにも異質だった。みんな彼女に近づかないし、話しかける子もいない。クラスでも仲がいいのはあたしだけだ。もっともそれはあたしも一緒だけど。


 ちなみに日本語はぺらぺら。お父さんの仕事の都合でこちらに来たのが十年前だから、この地方の妙なナマリもばっちりついている。あたし的にはそれがすごく残念。制服だってものすごくダサいし。こんなに綺麗なのにもったいないなぁ、と思ってしまう。


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 もったいない、といえばもう一人。


 あたしは隣の空席に目をやる。今日も休んでる。

 たぶんサボリ。しかも常習犯。

 となりに座っているはずなのは藤原君。本当はものすごく頭がいいし、スポーツ万能だし、女子にもかなり人気があったんだけど、ある事件をきっかけにヤンキーになってしまった男の子だ。


 それでも性格は悪くない、と思う。というかそう信じたい。出席してきたときには、いつもあたしに挨拶してくれるから。

「ウッス」

 いつもそれだけ。そう言われると、あたしも無言でペコッと頭を下げて返事する。


 その藤原君、とにかく今日も休み。ていうか、ここ一週間くらい姿を見ていない。


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