第3話

 二


 校舎のいたる所にある広葉樹は、赤や黄色に色づき、学校の景色を変えていた。ところどころには枯葉が積もり、独特の匂いを放っていたが、それほど不快ではなかった。

 校内を行き交う生徒も、その身にコートやマフラーをまとう者もいて、その装いは少しずつ、冬へと向かっていた。

 俺たちが通う私立大文字高校は、生徒数は一学年三百人ほど。そのユニークな制度にも関わらず、県内でも有数の進学校であり、また、スポーツでも様々な分野で優勝するなど、文武両道の高校で知られていた。

 スポーツのための施設も充実しており、野球場にサッカーグラウンド、テニスコートが二面、体育館もバスケ用とバレーボール用に二棟あり、加えて、剣道場に柔道場、さらには、校舎の裏にはハーフのゴルフ場まで整備されている。それ以外のスポーツの施設も充実しており、部活をやっている人間にとっては最高の環境だと思う。

 放課後ともなると、運動部の生徒がランニングをしていたり、また、どこからか楽器や歌声が聞こえてきたりする。

 俺はそんな高校生活を満喫している生徒たちを横目に見ながら、しかし、特に何の感慨もなく、通り過ぎる。

 俺は放課後に学校に残ることはそんなにはないが、今日は少し気分を変えて、図書館で勉強などしてみたりした。

 この学校で充実しているのはスポーツ施設だけではなく、図書館もその一つだ。四階建ての建物のうち、一階から三階までが図書館となっていて、参考書などはもちろん小説やマンガなども多数置かれており、多くの生徒に重宝されている。

 俺はそんな図書館で半ば勉強、半ば読書をした帰り道。時間は四時半になっていた。

 図書館は学校の正門からは少し離れたところにあり、正門に向かうためには、少し歩く必要があった。

俺が途中にある馬術部とビリヤード部の練習場の横の辺りを歩いていると、先の方で生徒たちが群がっているのが見えた。全員で二十人位いるだろうか。割合としては女子が七割に男子が三割。その視線のほとんどがフェンスの向こうに向けられているようだ。

 俺が軽く群衆の視線の方を見てみると、そこには洋弓を構えた生徒の姿が見えた。どうやら生徒たちの目的は、アーチェリー部の練習場のようだ。

 俺は得心した。

 この学校には部活がさかんなため、全国大会などに出場し、名前が知られている選手も多くいる。アーチェリー部にも全国レベルの生徒が一人いて、次のオリンピックも狙えるとして、テレビや雑誌にも取り上げられた有名人がいる。俺と同じ一年生で、C組の生徒。確か、その名前は……。

「城島君」

 あっ、いや、城島なんて名前じゃなくて、って、それ、俺の名前じゃないか。

 俺は声のした方を見てみると、そこには三ノ宮さんが立っていた。以前に教室で会った時と同じように、にっこりと笑顔を浮かべている。こんな笑顔を向けられたら、この子俺に気があるんじゃないのと勘違いする男子も多そうだ。

「あっ、三ノ宮さん。こんにちは」

 三ノ宮さんは両手に小さな段ボールを三つ重ねて抱えていた。バランスが悪くて、今にも落ちそうだった。

「どうしたんですか。それ」

「あっ、これですか。これはバレー部とバドミントン部に頼まれていた備品を届けにいくところです」

「何で、三ノ宮さんがそんなことやっているの」

「あの…、実は私、生徒会の執行委員をさせていただいて、主に体育会の担当なんです。その関係のお仕事です」

「へえ。そうなんだ。どこかの部活に入っているの?」

「いえ、それは。私、あまり運動は得意ではなくて。それでも少しでも皆さんのお役に立ちたくて、この仕事をさせてもらっているんです」

「そうなんだ。大変だね」

 俺はそういうと三ノ宮さんのもっていた段ボールの一つを見てみた。段ボールには、手書きのマジックの文字で、バドミントン部と大きく書かれ、更にはシャーペン一ダース、ノート十冊などと書かれていた。俺は三ノ宮さんが持っている三つに重なっているダンボールの上二つを手にとった。

「それで、この二つはバドミントン部に持っていけばいいのかな」

 すると、三ノ宮さんは驚いたような表情を浮かべた。

「そんな。城島君にそんなことしてもらうわけにはいきません」

 こんなかわいい女の子が荷物をたくさん持っていたら、手伝うというのが男の義務だろうと思ったが、そこまでは言わない。

「でも、二人で運んだ方が効率的じゃないかな。それとも、もしかして、俺、何か迷惑なことしている」

「迷惑なんてそんなことありません」

「じゃあ、これは俺が持っていくよ。部室でいいんだよね」

 俺の言葉に三ノ宮さんは小さくうなずいた。

「ありがとうございます」

 バドミントン部とバスケットボール部の部室は、体育会系の部活が入っている体育棟という建物の中にある。俺は来た道を少し引き返すことになる。自然と俺と三ノ宮さんは途中まで一緒に歩くことになった。別に、それを狙ってやったんじゃないぞ。

「ところで、三ノ宮さんに聞きたいことがあったんですが」

「はい。なんでしょうか」

「ゲームのことなんだけど、何で俺たちのチームに入ろうと思ったの? 三ノ宮さんだったらもっと成績のいい人の集まったチームでも入れると思うけど」

「それは……」

 三ノ宮さんは少し言葉を詰まらせた。

「私は迷惑でしょうか」

「それはないです」

 俺は力強く断言した。

 少しの沈黙の後、三ノ宮さんが口を開いた。

「実は、私、城島さんのことも赤坂さんのことも、少し以前から存知あげておりましたので」

「えっ?」

 その言葉は意外だった。俺はこの学校では決して目立つ方ではない。中学時代はともかく、高校に入ってからは、他のクラスの生徒に知られるようなことは何もしていない。

「一学期のときのゲームで、城島さんと赤坂さんのお二人。それに関根さんと立花さんの四人のチームでしたよね」

 確かに。関根さんと立花さんというのは唯香の友達の女子だった。関根さんの方はあまり体力がなくて、前回のゲームでは少し足を引っ張るような形になっていた。

「あの時、俺たちは一回戦負けだったけど」

「ですが、城島さんと赤坂さんは活躍されていましたよね。連携が取れていて、すごく動きがいいと思いました」

「そんなことよく覚えているね」

「はい。記憶力がいいのだけが私の取り柄なので」

「いや、取り柄って、それだけじゃないでしょう。明らかに」

 俺たちの前から、女子バレー部と思わしき一団がランニングをしていて、俺たちの横を抜けて行った。十一月で少し肌寒さを感じる気温だったが、半袖に生足を露出している姿が寒そうだった。

 一団が俺たちとすれ違う時、俺たちは少し、道を避けた。

 やがて、体育棟が見えてきた。

「そう言えば、三ノ宮さんも前回のゲームに出ていたと思うんだけど、そのときはどうだったの?」

 すると三ノ宮さんは少し戸惑ったような表情を浮かべた。俺はそれを聞いたことを少し後悔した。

「えっと、私も出場したんですが、チームの足を引っ張ってしまいまして……」

「ごめん。悪いことを聞いたかな」

「いえ、そんなことはありません」

 そう言うと三ノ宮さんはいつものようにとても柔らかな笑顔を浮かべた。

「その分、今回は頑張りたいと思います」

 うん。俺も頑張るよ。そう思わずにいられない笑顔だった。

「あ、そこがバトミントン部の部室です」

 三ノ宮さんの見つめる視線の先には扉があり、そこにバドミントン部と書かれた表札が貼られていた。

 もう少し遠ければいいのに、というのが俺の正直な思いである。

「わかった。じゃあ、これ届けてくるよ」

「はい。ありがとうございます。私もこれバレー部まで持っていきます」

 俺たちは両手がふさがれているのでお互い軽く頭を傾けると、それぞれ目的の部室に向かった。

    


   三


 その翌日のことである。

 いつもの教室での朝食の風景。

俺はメロンパンのビニールを破ろうとしていたそのときだった。

 俺の目の前に一人の女子生徒が現れた。見なくても誰だかは分かる。唯香だった。

「唯香。何か用…」

 俺が全部言い終わる前に、唯香は俺の制服の肩のあたりを掴んだ。

「何、もたもたしているの。早く行くわよ」

「行くってどこに?」

「掲示板のところに決まっているじゃない」

「はっ?」

俺は唯香に引きずられるように、四階の中央階段の横にある電光掲示板の前に連行された。まったく、唯香にも三ノ宮さんの十分の一でもいいから、おしとやかさがあればいいのにと、心から思う。

「今日は、今回のゲームの内容が掲示板で発表されるの。一学期もそうだったでしょ」

「そんなこと覚えているわけないだろう」

 掲示板の前には人だかりができていた。唯香はそんな人だかりをかき分け、掲示板が見えるところまで進んでいった。

俺は唯香と並び、掲示板の前で内容が更新されるのを仕方なく待っていた。

「今回はどんなゲームなんだろう。運動系ならいいな」

 興奮気味の唯香を俺は少し覚めた目で見ていた。

ゲームは主に運動系、知識系、それ明らかに作った奴の趣味だろう系の三つに分類される。

一学期のゲームは、ヨーロッパの詩人、ワーズワースやボードレールの詩によるカルタ取りであった。ヨーロッパの詩に対する知識はもちろん、カードの大きさは畳くらいあり、取って、自分の陣営に持ち帰る間に体力を消耗するという知力と体力が問われるゲームであったが、俺たちはあえなく初戦で敗退した。

 多くの生徒が固唾を飲んで見守り中、校内に複数ある電光掲示板に、ほぼ同時刻にその内容が発表された。二学期のゲームの内容。それは……、


サバイバルゲーム


発表と同時に、生徒の集団から軽いどよめきが起こった。

「サバイバルゲームか。悪くないわね」

 唯香は目を輝かせて言った。

「まさかとは思うが、唯香はやったことあるのか?」

「いや、ないけど。でも銃の撃ち合いでしょ。それならシンプルでいいわ」

そう言って唯香は目を輝かせた。

まあ、確かに。どちらかといえば体力勝負のようだから、三ノ宮さん以外は体力には自信のある面子なので、俺たちにとって好都合なゲームではあるように思える。前回のように呪文のような詩が書かれたカードを探し回るよりはよっぽどましだ。

電光掲示板には基本的なルールしか表示されず、詳しくは校内ウェブでという流れである。早速、唯香は携帯を取りだし、校内ウェブを開いた。

やがて、少し時間差を置いて、校内ウェブに詳細が掲示された。

 その概要は以下のとおりである。


1 チームは四人で一組。

2 飲食物以外のフィールドへの持ち込みは不可。

2 一人に一丁の電子銃が支給される。味方の物でも相手の物でも、他人の電子銃を使うのは禁止。

3 四チームが同時に競い、勝ち上がるのは一チームのみ。

4 フィールドは四種類のフィールドのいずれか。

5 倒した相手の数と残った味方の数がポイントとなり、最後にポイントが多いチームが勝ち。なお、敵味方ともにキャプテンは3ポイントでそれ以外は1ポイントとなる。また、チームの中での貢献度によりそれぞれのメンバーの点数が決まる。

 

 なるほど。とてもわかりやすいサバイバルゲームである。

銃の撃ち合いをする疑似戦争のようなサバイバルゲームが、高校の公式の行事として用いられるのが教育的に正しいのかどうかについては、一度責任者ととことん話してみたいところではあるが。

 校内ウェブでは、サバイバルゲームが行われるフィールドも表示されていた。そこでは学校の敷地と、その周辺の山林がざっくりとフィールドとして区分されていた。

「直人。早速、中村くんと、あと三ノ宮さんを集めて。作戦会議を開くから」

「作戦会議って、もうすぐに授業が始まるぞ」

「まだ、五分あるわ。ちゃんとした会議は昼休みにやるけど、授業中にもできることはあるから、今すぐにやるの。早く教室に戻るわよ」

 そういうと、唯香は小走りに教室に戻って行った。何でこんなことにそんなに熱心になれるのか。俺には理解できなかった。  

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