異界見廻隊員の日常

蒼蟲夕也

プロローグ

「よく来たな。――勇者タケルよ」


 陰気な城の陰気な玉座を前に、二人の男が対峙していた。


「わしは、そなたのような男が現れるのを待っておった。もしわしの味方になれば、世界の半分をお前にやろう。……どうじゃ?」

「おろか者め! 私はお前を滅ぼすために、長い旅を続けてきたのだ!」


 片や、世界を征服せんとする“魔族”の長。

――”魔王”。

 片や、人類の希望を背負って立つ若者。

――”勇者”。


「いくぞぉ!」

「くっくっく。――来ぉい!」


 どこにでもありそうな、剣と魔法の世界で。

 飽き飽きするほどに繰り返された、血で血を洗う殺し合いを。

 決戦が始まる。



 似たような光景を幾度となく眺めてきたが、それでもこの瞬間は息が詰まるものだ。

 俺と先輩のこれまでの努力が報われるかどうか、全てはこの一戦にかかっているからな。


――魔王城のあちこちに宝箱を配置したりとか。

――壊れかけの装備品を人知れずメンテナンスしてやったりとか。

――即死不可避のトラップをこっそり解除したりとか。

――魔王に《記憶消去装置フォゲッター》を使って、回復魔法をど忘れさせたりとか。


 目をつぶれば、これまでの日々が走馬灯のように脳裏をよぎる。


「がんばれがんばれ! いけ! そこで攻撃呪文を! アホか! そこは回復するとこじゃないだろ、チキンか、空気読め! ……そのタイミングで……ああ、バカ! 状態異常系の魔法なんか使ってどうする! そういうのは魔王には効かないって相場が決まってるだろ! “ねむり”にも“こんらん”にもならんって……あほ、何度も使うな! さっさと諦めろ!」


 先輩が口角泡を飛ばしながら叫んだ。

 応援が熱を帯びるのも無理はない。

 今回の仕事には、彼の昇進がかかっているのだ。


「蹴れ! 蹴れ! マウントを取れ! そうだ! 首の骨を……よぉし!」


 そこで“勇者”が(俺たちが徹夜で用意した)オリハルコン製の剣を振るう。


「これでェ…………! 最後だぁああああああああああああああああああああッ!」


 決まった。

 ”勇者”タケルの必殺技、《奥義・聖者氷生白龍波》が炸裂したのだ。


「バカ……な。このわしが、……わしの野望がああああああぁぁぁぁぁ……」


 断末魔を上げながら、“魔王”が臓物を撒き散らして死ぬ。

 それを見届けた俺と先輩は、揃って安堵の溜息をついた。


「なんとか……勝てましたね」


 今回の“勇者役”はかなりメンタル面に不安があったのだが、後半の粘り強さが功を奏した、といったところだろうか。


「ああ。……しかし、何度観ても”勇者”と”魔王”のバトルは熱いな!」


 興奮冷めやらぬ様子の先輩に対して、


「まあ、しょーじき見飽きた展開ですけどね」

「そうか? オイラは我が子の巣立ちを見守る気分だったぞ?」

「……そりゃ、あの”勇者”はスラっち先輩が育てたようなもんですから」

「そうともよ」


 スラっち先輩は、ゼリー状の身体をぷよぷよと揺らしつつ、応える。

 「我が子の巣立ち」を語る先輩の言葉は誇張ではない。

 実際、百戦錬磨の”スライム族”である先輩が戦闘経験の基礎を作ってやらなければ、今日の“勇者”タケルは存在しなかっただろうからな。


「勝った! 勝ったぞ! 私は世界を救ったんだ! やったぁーッ! わーい!」


 俺たちの陰ながらの努力も知らず、”勇者”は歓喜に打ち震えている。

 そんな彼に背を向けて、スラっち先輩は《ゲートキー》を使った。


「そんじゃ、帰社すっかー」

「了解です」


 開かれた”ゲート”の先は、”WORLD0042”と呼ばれる空間。

 “エルフ”とか、“ドワーフ”とか“オーク”とか“ゴブリン”とか。

 “彷徨う魂”とか、“ゴーレム”とか、“サキュバス”とか、“アルラウネ”とか。

 あと人間とか。

 様々な異世界人が往来する道を横切りながら、

『異界見廻隊 ~剣と魔法の世界班~』

 と、控えめに看板が掲げられたボロビルへと足を踏み入れていく。



 少しだけ俺の話をしよう。


 えーっと。

 アレは、中学一年の夏休みのことだったかな。

 それまで俺が知っていた世界が、何万、あるいは何億と存在する石ころの一つに過ぎない、なんて知らされたのは。


 まあ、大した話じゃないから、三ステップで簡単に話すと、

① たまたま仕事中の見廻隊員と出くわす。

② 本来なら記憶を消されるところを、折よく“下働き”として勧誘される。

③ 入隊する。

 おわり。


 まあ、そりゃあな。

 当然俺は、転がり込むように“異界見廻隊”に入隊したさ。

 他に選択肢なんてなかったね、あの時は。

 だってそうだろ?

 剣に魔法。勇者に魔王。得体のしれないモンスター。超能力者に幽霊、悪の組織に宇宙人、超次元の生命体。

 そんな、テレビアニメや漫画、おとぎ話の世界にしか登場しないような存在が、現実に目の前に現れて、そんなヤツらと同じ時間を過ごせる、なんて言われたら、さ。

 それまで生きてきた世界なんて、退屈に思えちまうのも仕方がないって話で。


 んで、今。

 異世界生活、六年目。

 元の世界で順当に生きてりゃ、たぶん大学一年の夏休みを満喫してる頃かな。

 俺は、代わり映えのしない生活にすっかり嫌気が差し始めていた。

 普通の高校に通って、普通に進学して、普通の青春を謳歌しときゃよかったって、心の底からそう思ってた。

 それもしょうがない話だ。

 人間、どんなモンにだって、飽きがくる。

 確かに俺の先輩は”スライム族”で、ゼリー状の珍しい生き物だが、一週間もしないうちに慣れちまったよ。

「あ、ぷるぷるしたお喋り好きのオッサンだ。ふーん」ってなもんで。

 結局のところ、どこに行ったって、人生がそう劇的に変わるわけじゃない。

 “異界見廻隊”、なんて大層な名前がついてるが、業務内容は「ちょっと変わったサクラのアルバイト」って感じ。


――なに? ”WORLD1336”で”魔王”が現れた?

――よーし、それでは、”勇者”を派遣しろ!

――なに? ”勇者”がダンジョン攻略に詰まってる?

――だったら適当な宝箱に強力な武器でも入れとけ!

――ただし、仕事は人知れず、こっそりとやるんだぞ?

――我々の仕事は、あくまで裏方。

――陰ながら異世界を支えることなのだからな。


 と、まあ。

 これは、そんな俺たちの日常に関する物語だ。

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