第575話 八咫の過去 その傷

「それは……俺がその当事者だからだ」


それが八咫の返答だった、その返答にその場に居た全員が困惑した表情を浮かべる。


「当事者だった……って、つまり八咫、君は……」


それは天之御と言えども例外ではない、恐らくは天之御も知らなかったのだろう。

その顔からそれは容易に想像出来た。


「そうでしょうね……伝えていませんから。この事実を知っているのは俺を拾ってくれた一族だけです」


困惑する周囲を尻目にあっけらかんとした口調でそう返す八咫、だがその口調は逆に虚勢を張っているようにも見える。


「俺はここで生まれ、育てられた。その時の事は単に育てられ、訓練を受けていたとしか記憶していない。

実際、この施設で虐待や強制が行われていた訳じゃない。

だが訓練の内容から考えると将来的にはブントの兵士にしたかったんだろう、その事は今になって分かる」


その口調を崩す事無く八咫は語り出す。


「つまり、ここで生み出され育成されていたのは……」

「ブントの兵士、つまりここはブントの施設だったって訳だ」


唖然とする涙名が辛うじて出した言葉に対しても八咫はあっけらかんとした口調を崩さない、その様子はどこか淡々としているが一方で腹話術の人形の様にも見える。


「でもある日、その平穏は崩れ落ちた。

理由は分からねえが人族部隊がここを襲撃してきてこの施設を滅茶苦茶に壊し、俺と同じくここで生まれ育っていた、そしてその育成を担当していた生命を纏めて……

辛うじて逃げ出した俺は外の世界に逃れ、今の家に縁があって拾われたって訳だ」


そう語る八咫の表情は相変わらず淡々としている、だが周囲から見てそれは逆に寧ろ心配をせざるを得ない表情にしか見えなかった。


「今の家に縁があってって……一体何があったの?」


岬がそう問いかけるが八咫は


「さあな……もう覚えちゃいねえ、とにかく無我夢中で離れるのが精一杯だったからな……」


と返答する。その返答の様子から星峰は


「この返答の様子から考えると……いえ、八咫の性格から考えて今の言葉に嘘はない、幼かった事も踏まえると本当に覚えていないのでしょうね……」


と言葉にこそ出さないもののその内心を慮る。

それは星峰なりの優しさでもあるが、嘗て自身も同じような体験をしている事も少なからず起因していた。


「那智町の襲撃……もしかして幼少期に父が話していたあの襲撃の事なの……」


ここで突然天之御が何か心当たりがある様な口調で話す。すると八咫は


「何か心当たりがあるのか!?」


と天之御が相手であるにも関わらず敬語も忘れて反応する。それだけこの事件が八咫の深層心理に深く刻み込まれているという事なのだろうか。

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