Chapter4【Last Battle】

Stage10_喰らう《clout》


「俺の“トキ”を喰らえ、アイツを仕留めるぞ」


 幼くなったウィズの腕を掴んだあたえは、そのまま抱え込むように彼女を持ち上げた。

 ウィズにとっても初めての経験。

 だが彼女は、宿主の“トキ”を喰らうという未知の領域にいとも容易く足を踏み入れた。

 エネルギーの消費を抑えて縮んだウィズは、あたえの腕の中で小さな口を開く。そして肉をむときのような生々しい音を立てながら虚空を咀嚼した。


(――ッッ! これがお父様の“トキ”の味ッッ!!)


 摂取と同時にウィズが恍惚の表情を浮かべる。

 これがウィズにとっては初めてとなる、からの食事。敬愛を超えて盲信の対象となったあたえの“トキ”の味は、彼女にとって果たして極上の物であった。


 前貸しで六時間。

 つまり戦いが終わってからあたえは覚悟したのだ。

 あるじの“トキ”を喰らったウィズは、あたえの腕から降り立ち、まずその姿を本来のモノに戻すまで回復した。次には身につけているものが豪奢になった。修道服のようなエメラルドグリーンのドレスには細かい刺繍が増え、大振りの宝石が編み込まれている。


 だが、何より目を引くのはウィズの背中、そこに現れた三対のレイピア状の突起。


 それは足下に降りるにしたがって短くなっていった。

 ウィズが白翼を睨め付ける。双眸そうぼうが一際強い光を放った。

『ごちそうさまでした、お父様』

 彼女の視線に晒されてなお、白いグラトンは微動だにしなかった。

 ひとで。

 その手をゆっくりとかざすと、後方の操られた人々を押さえていた縛土バクド消え去った。

『我の目的はその女から同胞の眼を回収するだけであったのだがな……こう何度も面白いものを見せつけられては全て手に入れたくなってしまうではないか』

 得体の知れない能力を見せつけられながらも、純は焦らなかった。

「アタエさん、障壁バリアをお願いします。平さんの治療に専念したいので」

 一度に発動できる祝詞のりとは一つまで。縛土バクドが解かれたこのタイミングで安全に平の治療を行うつもりだった。

 ウィズは手を差し向けると、あたえ、純、平を三面の障壁バリアで囲う。

「平サン……悪いけどすぐに戦ってもらうと思う」

「いつもみたいにすればいいんでしょ」

 あたえは申し訳なさそうに言うが、平は全身の痛みに耐えながらも気丈に答えた。腹はとうに括っている、彼女の表情はそう物語っていた。

「清水は治療が終わり次第サポートについてくれ」

 それだけいうとあたえは白翼に向き直った。


『――次は何を見せてくれる?』


 あたえはなにも言わず、手元のスマートフォンをいじる。


「最初からなんも変わってねえんだ」


 アプリを起動。


「こんな事にしたヤツをぶん殴って、これからもそんな事がないようにするって」


 テロン♪【Training Mode】


「お前が全部の黒幕なんだろ? 分かりやすくて結構じゃねえか」


 眼鏡をクイッと持ち上げ、スマートフォンの画面に指を添える。


「償えとは言わねえぞ、クソ野郎。時間は戻らん……!」


 テロン♪【GAME START!!】


 ギロリと睨め付けると、ウィズが躍り出る。


 テロン♪【excellent!】


 これまでとは初速が違った。


 弾丸のように飛んでいくウィズ。背中の突起は推進装置ブースターのようで。

 言うなればそれはいびつはねだった。

 一番上の一対が白く光り、急な加速を実現させる。白翼まで十メートル、それを一秒すらかからずに詰めきった。


 が、突如一面の青がウィズの視界を遮る。


 真ん中の一対の翅が光るとウィズのスピードはゼロに向かい、一番下の翅が光ると上方に急旋回をした。

 ウィズは得体の知れぬそれを嫌い、避けたのだ。


 衝撃波が障壁バリアを振動させ、そして遅れて音がやってきた。


 人間の眼で追える速度ではない。

『笑止! 羽の生えたばかりのひよっこが我と競おうとはな』

 上空。白翼もまた、あの一瞬の間に飛翔をしていた。

「……ウィズ、頼んだぞ」

『はい、お父様!』


 テロン♪【excellent!】


 再加速。

 あたえは自分では動体視力、反射神経が遠く及ばないため、ウィズには自分で戦うようにしてもらう。そのぶんスコアは稼いでいこうとした。


 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】

 

 ウィズが白翼の龍人を追随する。法衣螺刃クロスド・ラジンは抵抗を減らすためか極端に細く薄くしてある。

 ザン、ザンッッ!! ザンッッッッ!!!!

 幾度も背後、側面から刃を通そうとするが、回避、あるいは単色の薄い壁に阻まれる。先ほどは青、今度は赤、次は紫。白、黄、オレンジ、赤、黄、またオレンジ。

 二体のグラトンは超音速スーパーソニックびながら、刃と色の平面の応酬を続けていた。

「あれは……ペイント系のアプリか?」

 あたえは能力のもとになっているアプリに当たりを付ける。

 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】 テロン♪【excellent!】

「クソがッ、速すぎて見えねえ」

 ウィズの眼からの映像を見てチラリと見て判断したが、アレはダメだ。

 あまりのスピードに吐きそうになってしまった。

「アタエさん……!」

 純が平の背を支えながら声をかける。ようやく彼女は回復したようだった。

「頼む、平サン。……ごめん」

 あたえは障壁に張り付いている傀儡にされた人々をさして言った。

「任せて」

 眼を閉じ、深呼吸をすると平は敵を見据えた。

(ウィズ、こっちの障壁バリアを解いてくれ。それとヤツの誘導を頼む。地上戦に持ち込むぞ)

 あたえが見たところ、白翼が得意とするのは上空での高速飛行。対するウィズは自在な機動力といったところだろうか。

「清水、ついてこい」

 障壁バリアが解ける。

 平が五人の傀儡かいらいの人々と向き合うのをちらりと見ると、二人は降りてくる白翼とウィズを待った。

「……人形に負けるわけにはいかないわね」

 平は一番手前の男の襟と袖を取ると、流れるような所作で投げ飛ばした。

◇  ◆  ◇  ◆


 超音速で描かれるエメラルドグリーンの髪の線。ウィズは波打つそれを邪魔と切り捨ててつつ、ヤツを誘導する方法を考えていた。

(この有利な場面でわざわざ地上に近づいてくれることを期待するのは困難……。しかしお父様がそれでもウィズに命じたという事は――)

 どうしたって相手の方が速い。追われるウィズは上空へ加速する事にした。

 一番下の翅、急旋回ッッ!

 ウィズがコースを変えると白翼も急いで食らいつく。上方を取られたくないのはお互い様だ。だがウィズは突如生えた翅にもそろそろ慣れてきたころだった。それこそ進行方向を急に変えたり、

(お父様、恐ろしいお人)

 身を翻すと、下から追ってくる白翼。

五重障壁ペンタ・フラグマ!!!!』

 ウィズが叫ぶと共に巨大な障壁バリアが地面に向かって連続射出された。

 五枚の障壁バリアが突き刺す先には当然、白翼の龍人がいる。

『――ッッ!?!?』

 白翼のグラトンは上空からの急な衝撃を為す術もなく全身に喰らう。超音速により一枚目の障壁バリアを突破されたが、二枚目で減速、三枚目で静止させると、四枚目で殴りつけ、五枚目でそれを加速させる。ウィズは白翼の肢体を地上へ正確に、だが乱暴にすることに成功した。

(また変な名前を付けるなと怒られてしまいますね)

 微笑むウィズは明らかに新たな能力を手に入れた事で高揚していた。


『ッッオオオオオオオ!!!!!!』


 白い龍人は振り向いた事でかろうじて障壁バリアと向き合っていた。両の腕、合わせて四本あるその腕を使い、なんとかそれに抗いつつ、翼でバランスを取りながら背面に色を重ねて落下の衝撃を抑えようと試みる。



――そして衝突。



 爆音が鼓膜をつんざき、暴風が髪を揺らした。あたえは眼鏡を押さえる。

 彼らの前に障壁バリアが現れなければ、揃って吹き飛ばされていたかもしれない。

 全員が息を呑み、凍り付く時間。

「清水! 平サンの周りに雷のヤツ!!」

 あたえの声にハッとすると、純は祝詞のりとを唱えた。

「弾け、雷封ッ!」

 それは平の周囲で倒されている操られた人々に触れ、

「平サン、平気?」

「……びっくりするでしょうが」

「これでなんとかなればいいのですが……」

 と、そこへウィズが降り立った。

「ウィズ、あんたその髪……」

 乱雑なミドルヘアに変貌していた彼女に平は言葉を失う。

『あの愚物、起きますよ』

 ウィズが平の言葉を遮って睨みつけた先、土煙の奥から白い龍人が姿を現した。


『はははははははは!!!! 我を地に落とすとはな!!』

 

 俯いたまま豪快な笑い声を響かせた白いグラトンは、しかし激しく傷ついていた。翼はひしゃげ、四本ある腕のうち、後方の一対はぐちゃぐちゃに潰れている。


『非常に面白い! 面白さゆえに四肢をいで持ち帰ろうかと思うたがな』


 それでも、頭部、胴体、両脚、尻尾は無傷で、動ける事には変わらない。未だに油断はひと欠片もできない状況。

 荘厳な口調で語る白き龍人が顔を上げると、あたえたちは背筋を凍らせた。


『――息の根を止めてやる』


 そこには憤激の権化がいた。






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