白い花の名前

成澤 柊真

一章

第1話 知り合い。

 「ねえねえ柏木さん」自分の席に座ったとたん、友人の河原が話しかけてきた。友人?いや、違うか。知り合い程度の間柄だ。まあ、親とかに紹介する時に、知り合いです、何て言ったらこの子は少し残念に思うだろうから、友人ってことになるのだろうけれど、正直、体育の時に少し話して、それ以来無駄な雑談を学校でしかしていない人を友人と呼んで良いものか、決めかねる。

 まあ、悪い子では無いから、友人というのならその方が私としても嬉しいけれど、距離感的にはそんな感じの知り合いだ。

 「おはよう」私は眠気覚ましに挨拶をする。午後の授業が一時間終わって、あと一コマ終えれば掃除の後、ホームルームをしたら帰れるという五時間目。お弁当の後なので、大分と眠気がある。どうしたものか、このままだとおそらく六時間目にはディズニーランドへ行ってしまう。

 「おはようって。もう昼過ぎだよ」笑いながら河原は言う。それから、今お手洗いに席をはずしている、前の生徒の席に座った。

 「そんじゃ、こういう時は何て言えばいいのかな。こんにちは、だと畏まってて嫌だし」私はまだ半目だ。

 「ふうむ。やあ、とかでいいのでは?」

 「それも気取ってる」

 「なるほど。まあ、挨拶なんてどうでもいいか」

 「それを言ってしまうと元も子もないよね」私は、はは、と息を漏らした。「それで、なに?河原さん」

 「え、ああうん。まあ、どうでもいいことなんだけどね」河原はそう前置きする。この子が私に対して有益なことを話した覚えがないのだが、何故そんな前置きをするのか、と疑問に思った。もしかすると、今まで以上にとんでもなくどうでもいいことを話すのかもしれない。覚悟した方が良いのかも。

 「えっとね、この前友達とクレープ屋さんに行ったんだけどね」

 「クレープ屋さんか。屋台の?」

 「いえいえ、ちゃんと店を構えてたよ。結構大きめの」

 「ほえー。儲かってんのかな」

 「いや、もうすぐ潰れそう。全品五十パーセントオフになってたから行ったんだもん」

 「酷いな、そりゃ。苦肉の策じゃんか」

 「だねー。でね、私もその友達も期待しないで行ったんだけどね、これが結構おいしくってさー。何で潰れるのかなーって感じだったよー」

 「それは普通に、河原さんみたいのが五十パーオフになる前に行ってくれなかったからじゃない?」

 「えー。私のせい?実力不足だと思うけど」

 「今おいしいって言ったばかりじゃんか」

 「あ、そだね。おいしかったけど、じゃあ宣伝不足だ。だって、こないだ始めて知ったんだもん。ビラ配りとか、新装開店とか、見たことなかったもの」

 「それは確かにそうかもね。私も今初めて屋台じゃないクレープ屋さんというものを知ったし」

 「だよねー」ははは、とまた笑った。

 「今度、私も行ってみようかなー。友達誘って」

 「うん。まあ、その時にまだあの店が残ってるかどうかわかんないけどねえ」

 「辛辣だね。場所は?」

 「えーっと」

 そこで、河原さんが他の生徒に呼ばれた。彼女の友達だ。「あの子と行ったんだ」と説明をした後、「ちょっと行ってくるね」とその方へ小走りで去って行った。

 私の目の前には空席だけが残った。どうも、こういう空虚な時間は嫌いだ。もともとやっていたことが、突如としてなくなり、手持ち無沙汰に陥る。これがたまらなく嫌だった。この時の「やっていたこと」はきっと、「河原さんと話すこと」となるのだろう。別に高尚な議論をしていたわけでも、同じ目標を掲げて作業をしていたわけでもなく、単なる暇つぶしだったのだが、どうも、頭がぼーっとする。何をしたらいいのか、きっと何もしなくていいし、これまでの雑談だってなにもしていないに入るのだろうけれど、この時間が異様に嫌だ。

 「どーしたの?」目の前には違う人物がやってきた。今度は一年の時から知り合いで、二人で出かけたりもするくらいの友人で、端村という名前の女子だ。

 「いや、何でも」

 「うっそだー、河原さんの方凝視してたし、あの輪に入りたかったりするんじゃない?」端村は河原さんを中心に形成されているコミュニティを指さして言う。

 「そんなことないよ、さっきまで話してたから」

 「恋しくなっちゃった?」

 「じゃなくて、いきなりすることが無くなって暇になったから、暇つぶししてたの」

 「え?文庫本持ってきてたじゃん」

 「あ」すっかり忘れていた。

 「ばっかでー」はやし立てるように彼女は言うので、少しイラッとした。

 「少し忘れてただけです。塾行ってるのに馬鹿とか、手に負えない」

 「塾ねえ。塾で養えるのは学力だけですよー?」

 「学力を養えたら、それだけ賢くなるでしょう」

 「そんなことはないよ。私、塾行ってないけどそれなりに頭いいし」

 「勉強できないくせに」

 「だから、それとこれとは別だって」端村は踏ん反り返って言った。「私、学力は全然ないけど、要領良いし、人付き合いもそれなりに得意だし、人間的にも結構賢いと思うの」

 「知らないよ」そう言いつつも、私は確かにそうだと、内心同意していた。会話の途中で雰囲気が悪くなった時の対処も、初対面の人間との会話の仕方もうまかったりする。だからまあ、きっと頭が良いのだろう。

 「知ってろよー。一年からの付き合いだろー」笑いながら、小突いてくる。背が私より小さいから、リーチもそれなりに短く、ここまで届かなかった。

 そこで、チャイムが鳴る。六時間目の授業が始まる、その予鈴だった。

 「おっとと。用意しなくちゃん」端村は真面目にも、後ろのロッカーに置いてある教材を取りに行く。私は机の中だ。俗に言う、置き勉である。

 結局、河原さんは帰ってこなかったな。そんなことが頭を過った。いつもなら、窓の外を見て黄昏たりとか、教科書をめくったりとか、そんなことをするのだけど、何故だか今日は河原さんのことを考えている。多分私は、河原さんともっと仲良くなりたいんだと思う。なんでかって言うと、自分でもよくわからないけど、無理やり理由を付けるとするなら、彼女が綺麗だからだ。女性的なしなやかさを持っているからだ。私はボーイッシュな方だから、きっと羨ましいのだ。自分の持たざる物を何かに求める。それが私だった。

 授業中、河原さんとの会話を思いだす。

 「友達」と行った、って話を私にするということは、私は彼女の中で「友達」じゃないんだろうな。そのことが少し切なかった。

 いつか、彼女に「友達」と呼んでもらえる日が来るといいな。まあ、そんな日が来なくても、どうってことはないのだろうけど。

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